六人の冒険者の話

 おや、どうかした? なるほど仕事の見張り番か。悪いけど仕事はもう終わってしまったよ。牛一頭だけでいいなんて楽な仕事だね。皮をなめして肉は部位ごとに分類しておいたし、肉を長持ちさせる魔法もサービスでかけておいた。
 信じられないって顔をしているね。なに、魔法を使えばちょちょいのちょいさ。時間はたっぷり余っているし、少し話をしようか。たまには沢山喋らないと喉が痩せてしまうからね。

 昔々、人々がこの大陸の形も知らず、小さな世界で暮らしていた頃。ある国に六人の男達……あいや、女もいたか。男女で構成された六人の冒険者のグループがあった。
 彼らは酒場に張り出される依頼を請けて今日の飯代を稼ぎ、酒を飲んで騒いで眠る生活を送っていた。今もこういう仕事形態はあるし、冒険者と呼ばれる人もいる。けれども今の冒険者と比べると、当時の冒険者はもっと野蛮で、命がけで、不潔で、もうとにかくひどい仕事だった。
 彼らはそんな生活が当たり前で、危険と新発見が隣り合わせの日々はとても充足したものだった。

 ある日、一仕事を終えて酒宴を開いている時のこと。一人の青年が彼らの前に現れた。色鮮やかで見たこともない服を着た青年は彼らの興味を大いに引いた。青年が着ていた服は、今でこそ燕尾服と言う名がついているが、当時はそんなものがなかったからね。随分と目立っていたよ。
 青年は彼らが知らない話をして、彼らの冒険譚を興味深そうに聞いた。宴の席は盛り上がり、青年は「愉快な話の礼に」と六人の杯に一口分の赤い液体を注いでいった。
「これは不死鳥の血。一口飲めば不老不死が得られる霊薬だ」
 青年は自身の杯にもそれを注ぎ、一息に飲み干した。毒ではなさそうだったから、我々もそれを飲み干した。

 それが本当に不老不死をもたらすとは、その時は誰も考えていなかった。

 宴は終わり、彼らは日常に戻る。青年はいずこかへ旅立ち、彼らは冒険の日々へ。
 冒険の日々は何年も続き、そして、とある依頼で彼らの内の一人が命を落とした。崖から身を滑らせたか、獣に食われたか、川で溺れたか、その死因は定かではない。とにかく一人が死んだ……はずだった。
 五人が死を認めて驚くより先に、死んだはずの一人が蘇った。蘇った一人は数年間の記憶を失い、今日を「奇妙な青年と共に酒宴を開いた日」の次の日だと認識していた。
 数年前の酒の席の冗談が冗談ではなかった。意識してみれば、酒場の主人や他の冒険者は少し年を取っているのに、彼らはそんな様子が少しもなかった。衰えを知らない全盛期の肉体のまま、この数年を生きていた。

 冒険どころではなくなった。彼らは自身に降りかかった変化を見極めるべく実験を繰り返して、ある程度の法則を突き止めた。
 彼らは恐らくもう年を取ることはない。怪我や病気で死んだ場合、記憶は「奇妙な青年と共に酒宴を開いた日」まで巻き戻り、その日から今現在までの記憶は、夢の中の出来事のようにおぼろげですぐに消えてしまう。そして、この不老不死を解く手段は、ない。
 彼らはそれをそんなに大変なことだと考えていなかった。記憶が巻き戻ったところで彼らの絆は変わらないし、死なないのなら多少の無茶も許される。彼らは破竹の勢いで多大な功績を挙げ、冒険者として伝説のような存在になり――やがて、何十年経っても外見が変わらない奇異さから怪物と見なされ、社会から追放された。

 その後も色々とやってみたけど、やがて彼らは別々の道を歩み始めた。彼らの内の一人、当時「奇跡」と呼ばれていた概念に秀でた者は、無限に続く時間に飽かせて「奇跡」を研究した。
 「奇跡」とは大気中に存在する「奇跡の素」と、己が体内で醸成した「奇跡の素」を掛け合わせて発現するものである。
 彼が見出した「奇跡」のからくり。それは「奇跡」に潜む法を見破り、その名を「魔法」に変えた。この功績から彼は「魔道の祖」と呼ばれるようになるけれど、それはまあ、どうでもいい話だ。

 彼は魔法と言う概念にのめり込んだ。一日の大半を研究につぎ込み、膨大な情報を紙に記し、壁に刻み、地面に書いた。何十年も、何百年も、気が遠くなるような歳月を彼は研究に費やした。
 ……うん、もちろん死ねば研究で得た知識は「ほぼ」失われる。研究で得た知識は夢の中の出来事のようなものだ。でも、夢の中で得た知識のうち、ほんのひとかけらは残る。あのアルマ経典全文を一言一句覚え込む程度の知識量を得た場合、残るのは最初の1ページくらい。彼は何度も実験を繰り返して、それが最高効率であると知った。
 だから、彼はそれくらいの知識を得たら速やかに死んで知識を定着させることを繰り返した。覚えては死に、覚えては死に、覚えては死に。
 頭がおかしいと思うかい? それだけ彼は魔法に魅せられたんだ。一刻も早くその全てを知りたい。極めたい。その思いで、彼は今もどこかで魔法の研究を続けている。不本意なタイミングで餓死しないよう、たまに出稼ぎをしつつね。

 うん、他の五人はどうなったか。気になるのは当然のことだ。他の五人も彼と同じように好きな道を歩んでいるよ。

 一人はあらゆる武を究めんとし、武道の祖になった。
 一人は東の密林で慎ましやかな生活を送り、いつしか密林の隠れ里を築いた。
 一人は不老不死の苦しみから逃れるべく、死をもたらす道具を作り続けた。
 一人は己が信じる神を説き続け、世界中の人々が神の存在を信じるようになった。
 一人は南の荒野で国を作り、今現在も王として君臨する、十三代に渡る血筋の祖となった。

 ……僕の名前かい? もう察しているかと思ったけど、予想以上に鈍い子だ。今の話をそのままお父さんとお母さんにすればすぐに分かるよ。上手く伝えられなかったら、その時は不思議なお兄さんで片づけておけばいい。
 給金はこれだね。確かに頂戴した。じゃあ、そろそろおいとまするよ。こんな小銭稼ぎよりやりたいことが沢山あるんだ。もう二度と会うことはないだろうけど、君の人生に幸多からんことを。