六人の不死者の話
彼女は戦士であった。いかなる状況でも強くあろうとし、多種多様な武器の扱いに長け、徒手空拳で戦う術も持ち合わせていた。最前線で臨機応変に戦う彼女は頼もしく、日常では直情的で楽観的な単細胞であった。それ故に誰に対しても気が置けない関係を作り上げ、彼女の周りには絶えず笑顔があった。
武道を極めるには圧倒的に時間が足りないと思っていた彼女にとって、不老不死は僥倖であった。千を超える年月を武道の鍛錬に費やし、彼女はあらゆる武道の祖となった。それでも彼女にとって時間はまだまだ足りないものであり、今もどこかの地で武道の鍛錬に励んでいる。
彼女は剣、槍、弓、斧、鎌、棒、拳……この世に存在するあらゆる武器の扱いに秀で、豊富な戦闘経験は戦闘における最適解を常に導き出す。あらゆる武の集約が彼女であり、遠近問わず物理的な戦闘において彼女の右に出る者はいない。
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彼は魔術師であった。「奇跡」を操り、冷静に戦況を分析して策を立て、常に自分が有利になるよう動いていた。彼がいるだけで全員の力がより引き出され、高い戦果を上げた。人当りこそ柔らかいが、自他問わず命を軽く見る節があり、他人を騙し利用することを躊躇わない。故に世間では善良な賢人と見られ、身内では利己主義の冷徹な下種と見られていた。
不老不死となり長い時を手に入れた彼は、それを「奇跡」の解析に費やした。最高の効率で知識の蓄積と自殺を繰り返し、やがて「奇跡」に潜む法則を見出してそれを「魔法」に変質させた。その功績は魔道の祖と呼ばれるに値するものであったが、彼はそれだけで満足せず魔法を研究する日々を送っている。
彼の魔法の知識は現代魔法の数段上にある。高度に効率化・圧縮された呪文は彼にしか理解できない独自言語と化しており、たった一言の詠唱で現在の一流魔術師が放つ必殺の一撃と同等の威力を発揮する。
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彼は盗賊であった。裏社会に生きる賤民であったが、彼の気質は善良そのものだった。社会に奉仕すること、人の役に立つことを是とし、盗賊稼業で得た技術をそのために活用した。臆病だが裏表のない性格は、気の知れた仲間を穏やかな気持ちにさせた。
彼は何よりも死を恐れていた。不老不死となった時は誰よりも喜んだが、死ねないという事実に恐怖するのも誰よりも早かった。もともと強靭ではなかった彼の精神は容易く崩壊し、死を求めて錬金術に手を出した。錬金術の才に恵まれているわけではなかったが、元来の器用さと不老不死が彼を少しずつ最高の錬金術師へと変えていった。
彼の錬金術は世界最高水準であり、その製作物は全てが「死」に特化しているが、彼にとっては不老不死を殺すに至らない失敗作である。路銀稼ぎに売った失敗作はしばしば世に理不尽な死をもたらしているが、彼はそれに対して何とも思わない。自分が死ぬことこそが彼の目的であり、それ以外に興味を持たないからだ。
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彼女は僧侶であった。「唯一神アルマ」という概念を信仰し、その教えに従って人を愛し、道徳的に生きる。空想で作り上げた神を信仰し、神が存在することを前提に話をする彼女は最初から狂人だったが、善良であった。
不老不死という奇跡を身に受けて、彼女はますます信仰を強くして世界各地を巡って布教に励んだ。その結果、信者は少しずつ増え……やがて「アルマース教」という世界最大の宗教にまで発展する。だが彼女はアルマース教にかかわることなく、ただひたすら信仰を深め、そして「神霊アルマ」を顕現させた。
通常、精霊は多数の人々の信仰によって生まれる。しかし神霊アルマは彼女ただ一人の長い年月をかけた膨大な祈りの末に生まれた規格外の精霊である。彼女は神霊アルマの顕現によりその信仰をさらに深め、現在も神霊アルマと共に巡礼の旅を続けている。
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彼は魔族であった。好戦的で享楽主義なところはあるが人を見る目に優れ、人を率いる才能に満ちていた。いかなる時も自身が所属する集団の長として振る舞い、他者を隷属させ物事を意のままに進めることを良しとしていた。
彼は魔族を中心とした帝国を作り上げた。不老不死にならずともそれは成されていただろう。しかし不老不死となり長い間王として君臨したが故に魔族を超えた怪物とみなされ、その不和はやがて人間と魔族の軋轢に繋がっていった。魔族を一個の種族としてまとめたのは彼の功績だが、魔族を人間の敵としたのもまた彼が成したことである。
彼は自らの子に王の座を譲り、何の変哲もない使用人に化けて現在も帝国に潜み続けている。それは子孫を見守る親心ではなく、見えざる手として帝国に干渉し続けたいという支配欲によるものである。
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彼は便利屋であった。裏社会のあらゆる依頼を遂行し、独自に鍛え上げた技は特に諜報や暗殺に長けていた。地位と金を重視し、自身の利になる行動しかしない。何事にも情を挟みたくないという信条を持ち、意図的に人と距離を置いて一人でいる。
不老不死となった後も彼の生活は変わらず、やがて伝説的な存在になり、彼の技を継承したいと申し出る者が増えた。彼は人跡未踏の密林にて技を教え、共に生活を送り、そして独自の文化を持つ国と見なされるようになった。
彼の技は洗練されたものであるが、現在はそれを維持するに留まり、国と文化の維持を第一とした生活を送っている。長い生活の末に生まれた情は国を守る原動力となり、侵略者に対しては容赦なく制裁を下すという。
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彼らは不老不死である。長い年月を過ごし、幾度の死を経験した彼らはとうに正気を失っている。人と会話を交わし協調するような理性は持ち合わせているが、その価値観は人のそれと大きく異なる。彼らが持つ知識と技術は値千金だが、彼らと深く関わってはならない。
彼らはもはや、人の皮を被った怪物である。