無関心
この世で最も恐ろしいものは何か。
きっと誰もが違う答えを連想するこの問いを耳にすると、私は必ず彼を思い出す。あの日、目の前で浮かべられたあの笑顔は、未だ私の脳裏に焼き付いて離れようとしない。
* * *
「ジョーカー!」
あの日、私はこの局面でどこかに行こうとする彼を呼びとめた。初めて会った時彼の素性は誰にも分からなかったが、戦力が少しでも欲しかったため、私達革命軍は彼を仲間として迎え入れた。
彼は気まぐれだが実力は確かで、何より笑顔と手品で革命軍の雰囲気を和らげてくれた。しかしそんな彼の協力もむなしく、圧倒的な国の力を前に革命は失敗に終わろうとしていた。絶望に包まれた革命軍の中、彼一人だけ普段通りの足取りで革命軍基地を後にしようとしていた。
「どしたの? そんなに血相変えちゃって」
彼は絶望の欠片もない、あっけらかんとした態度で振り向いた。今まで行動を共にしてきた同志とはとても思えず、まるで彼とは初めて会うようにすら感じられた。
「どこに行くつもりだ?」
「どっか他の所かな」
非常に抽象的な答えだが、彼が革命軍を離れようとしている事は明らかだった。
「……何故だ! 私達は革命を成し遂げるという意思の元、共に死線を潜り抜けてきただろう! なのに……何故何のためらいも無くここを離れる!」
「んー……言っちゃっていいの?」
彼はシルクハットを深く被り直し、私が頷くのを確認すると、
「もう君達の事はどうでもいいから」
そう言って、にっこりと笑った。
「……どうでも……いい……?」
「どうせ君と会うのもこれで最後だから、ぜーんぶ言ってあげようか?」
私が言葉を失っていると、彼はとうとうと語り始めた。
「僕は元々、革命がしたいから革命軍に入ったわけじゃない。ここにいたら楽しそうだから入っただけ。だから未練はないし、皆がどうなろうと僕の知った事じゃない」
先が見えなくなった場所に留まっても、楽しい事は何もない。彼が言いたいのは、そういう事だろう。それは確かだが、今まで笑いあって支え合ってきた仲間がどうなろうと知った事ではない、と言うのはあまりにも酷ではないか。私がそう訴えると、彼は真顔で首を傾げた。
「どうせ助けたって、あとたったの五十年で死ぬんでしょ? それが少し縮まったぐらいで、どうしてそんな顔をするの」
「たったのって……五十年だぞ! 今いる子供が大人になって、孫がいてもおかしくない年齢になるんだぞ!」
「それはそうだね。でも、僕にとっては本当に――」
彼は一旦言葉を切り、私に対して満面の笑顔を浮かべた。
「誰が生きてても死んでても、興味がないんだ」
彼の笑顔を見て、私は悟り、同時に身震いした。
――彼は、私達に一片の関心も持っていない。
私は「憎悪」こそ恐れるべきものだと思っていたが、それは違った。今目の当たりにしている「無関心」こそ、最も恐ろしいものだ。
彼の笑顔の根底から感じられる無機質な冷たさに私は震え、彼は「それじゃ」とだけ言い残してどこかへ消えていった。
彼が去った後も、私の目には冷たさを漂わせた彼の笑顔がいつまでも映っていた。
* * *
革命に失敗した首謀者の私は、翌日断頭台に立つ。
もしこの場に彼がいたら、彼は普段と何ら変わらない様子で私と接するのだろう。私が断頭台の露と消えても、革命軍の全員が残酷な方法で処刑されても、誰が死んでも、彼の心は微塵も動かないのだろう。
その事がただ、恐ろしい。