不死と不死殺しの不運
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! アナタの暇つぶしをお手伝い、プリティマジシャン・ジョーカーでーっす!」
彼が廃屋の扉を蹴破って室内に入ると、そこには一人の男がいた。二十代後半という年齢は、組織を統括する者としては若い部類に入るが、この男が最終目標であることは間違いなかった。
男はにぎやかな侵入者に対しひどく驚いており、がたんと椅子を倒して立ち上がり口をぱくぱくと動かしている。ここで静かに座ったまま茶をもてなすほどの余裕があれば少しは見直したのかもしれないが、これでは考えを改めるつもりにもなれない。
「この間は盛大なおもてなしをありがとうね! あれだけ熱烈なのも久しぶりだったよ!」
にこりと笑って右手を差し出すが、男は青い顔で震えているだけで何もしない。彼は差し出した右手で男の髪を掴み、ぶちぶちと乱暴に引き抜いた。男の軟弱な悲鳴が部屋に響くが、生憎この部屋……いや、この廃屋には彼と男以外に生きている人間はいない。
「さて、君には特別にここ数週間の僕の気持ちをお教えしましょう」
抜いた髪の毛を床に捨て、彼は机の上に腰かけて足を組む。
「数週間前、僕はそろそろ観光に飽きたし帰ろうかと思っておりました。不死鳥さんにも会いたかったしね。そんな矢先に現れたのが、君の部下の皆さん」
男の顔をびしっと指差すと、それだけで男はびくりと震える。
「痺れ薬を嗅がせて廃屋の地下に連れ込んで、手足をがんじがらめに縛ってからおもてなし、だっけね。そこから僕に何をしたのかは君もよく分かっているよね」
男は静かに頷き、「許してくれ」と呻いた。彼はそれを無視して言葉を続ける。
「君達の職業は不死殺し、だっけ? この世界には不死を名乗る人々がいて、彼らの中には悪事を働く奴もいる。そういう悪い奴を殺すのが仕事なんだっけ。で、よく分かんないけど、僕がした事が君たちの癇に障って仕事のターゲットになったってところかな」
お互い運が悪かったね、と彼は呟く。
男が日頃獲物にしていた「不死」は嘘っぱちの不死だった。長寿で再生能力が高い者が不死を名乗るのはよくある事で、物量作戦に近い暴力で再生の前に彼らを殺す事を職にする者がいるのもよくある事だ。しかし、嘘っぱちの不死と本物の不死は違う。物量作戦に近い暴力では本物の不死を殺す事など出来るはずがない。
また、彼の機嫌が良い時であれば、男の仕事にしばし付き合ったのち何もせずに逃走しただろう。しかし、帰りたいと思った矢先に拘束されて仕事に付き合わされるとなると、それなりに「お返し」をしなければ彼の気が済まない。
「刺したり、抉ったり、毒を飲ませたり、酸をかぶせたり、頭を割ったり、バラバラにしたり、首を絞めたり、エトセトラ、エトセトラ。色んな死に方をこの短期間で味わったのは本当に久しぶりだよ」
男はいつの間にか彼の足元で土下座をしていた。彼は組んでいた足を解き、ふと顔を上げた男の顎を何の遠慮もなく蹴り上げた。
「不死って言うけどさあ。何も痛覚が無いわけじゃないよ。色んな死に方をしたら、その数だけ僕はとても痛くて苦しい思いをしているわけ。慣れてるけど、不快なものだよ。おまけに僕は早く帰りたかった。だから今、僕はとても機嫌が悪い」
男は蹴られた顎を押さえてすがるような眼差しで彼を見つめてくる。小動物よりも弱弱しい態度に彼は苛立ちしか感じない。
「気持ち悪ぃ目でこっち見んな。殺すぞ」
すうっと辺りの温度が下がる。男はぶるっと身震いしたが、彼は変わらない笑顔のまま足を組み直した。
「……ああ、悪い。こっち見ても見てなくても、どっちにしろ殺す」
男の顔がじわじわと絶望に染まっていく。しかしまだまだ、ぬるい。
「何? この期に及んで自分は死なないとでも思ってたの? 馬鹿ですか?」
何という気楽さ。思わず嘲笑が漏れる。
「不死殺しなんてエグい商売やっててさ、リスクがでかいってことも気づかなかったわけ? 一人の人を何度も殺すような真似をしといて、それが失敗しても復讐に来ないと思ってた? それとも、自分達が失敗するはずないって思ってた? どんだけ頭空っぽなんだよ。てめぇらの脳みそはさぞかし不味いんだろうな」
小さく縮こまる男の顔を無理やり持ち上げ、目の前でにこりと笑ってみせる。怯えきった男の顔にそっと触れて頬を撫でる。
「……長年不死やってるとさ、どこをどうされると痛いとか、こういう反応をするようになったら頭がおかしくなってきてるとか、痛みで死なないぎりぎりのラインとか、いろいろ分かってくるんだよな」
頬を撫で、額を撫で、鼻を撫でる。一切を傷つけない優しい手つきは、左目の真上で止められる。
「まずは左目の踊り食いかな」
ひっ、と小さな悲鳴を上げて男が後ろに退こうとするが、彼は空いた手で男の頭を掴んで退路を塞ぐ。まぶた越しに左目を撫でる指の力が、少しずつ強くなっていく。
「その後は……うん、君の反応を見て決めるかな。どうすれば君が苦しみぬいて死ねるか、僕はよく知ってる。安心しろよ」
嫌な香りがしたのでふと足元を見ると、男の股間が濡れていた。この程度の事で漏らすとは情けない。彼は男がこれから味わうであろう苦痛の何倍も強い苦痛を受けてきた。命に限りがある者はひどく脆いと、つくづく思う。
「ショータイムの始まりだ」
指が、左まぶたを突き破った。