整備士と機械の話
とても仲の良い幼馴染の少年と少女がいた。戦争の気配が濃厚になる中、少年は整備士に、少女は軍に籍を置く。やがて戦争の火蓋は落ち、少女は軍人として少年が整備した飛行船に乗って戦地へ向かう。「大丈夫。あなたが整備した船だもの。絶対に墜落しない」その言葉通り、飛行船は墜落しなかった。
その代わりに、少女の体を無数の銃弾が貫いた。戦地から帰って来た少女の手術を務めたのは軍医であった彼女の父親。多くの器官は使いものにならず、彼女の体の多くが機械に置き換えられていく。支給された義手義足には、戦地で活躍できるようにと銃やナイフといった武器が仕込まれていた。
手術は終わり、提供した機械の製作に携わっていた少年が彼女のリハビリを手伝う事になった。ほどなく彼女は目を覚ましたが、体の大半が機械となった彼女に以前の面影はなく、機械のように無表情に、淡々と話した。少年の言う事に従順に従った。彼女の父は「うまくいった」と笑みを浮かべた。
どういうことだ、と少年は問う。彼女の父は事もなげに答える。全身の運動神経を彼女の脳ではなく、体内に埋め込んだ機械に統率させた。感情を持たず、全身には火器が仕込まれている。これこそが我々が求める理想の軍人であると。「ふざけるな。彼女の意志はどうなる」少年は少女を連れて逃げだした。
旅人の手を借りて逃げおおせた二人。少年は暇さえあれば少女に埋め込まれた機械を調べ、少女が蘇る手段を探す。やがて少年は少女の脳が再び体を統率できるよう再接続する事に成功する。しかし、それでも少女は「機械」のままだ。少年の言う事をよく聞き、少年を守る為に賊を撃ち殺す。
どうしても治らないのだろうか? 楽になりたい思いと、諦めたくない思いに挟まれながらも少年は今日も少女と旅を続ける。少女の脳は確かに生きている。銃弾を通さない鋼鉄の頭蓋骨に守られて。ヒトを容易く撃ち抜く火器を四肢に宿して。そんな姿になっても、少年は少女が、おそらく、好きだった。
「失敗じゃない」その一言が言えなかった。機械の命令を押しのけて、口周りの歯車を回す事は出来る。少年の肩を抱くこともできる。けれども、少女はそれが出来ない。こんな、殺戮兵器の鉄の塊が、少年と一緒にいたいと主張する事などできない。少女にできる事は、沈黙だけだった。
治っていないふりをしていれば、機械として少年の傍にいられる。血に汚れた四肢を持つモノが、それ以上の事を望んではいけない。鋼鉄の頭蓋骨の中の彼女の思考は、少年には伝わらない。何も知らない少年は、今日も少女の身体に不具合が無いか確認する。