執着とも言えるその感情は

 世の中のあらゆることが彼にとってどうでもいいものだった。戦争が起ころうが星が滅びようが、他人が生きようが死のうが、それは彼にとって何の意味も無く、自分自身の命にすらさほど執着は無かった。生きたくもないし死にたくもない。だらだらと息をしてものを食べて漫然と生きてきた。
自分の人間としての価値などゼロであり、誰にも必要とされていない替えの効く存在だと思っていた。
「ミツさん」
しかし、彼女は彼に好意を抱いていた。本人はその好意を隠していたつもりなのだろうが、好意を抱き始めた当初からそれには気付いていた。彼でなくとも、あのあからさまな態度なら分かるだろう。
彼はその好意に応えなかった。好意を抱いてもらっているとはいえ、彼女も彼にとってはいようがいまいがどっちでも構わない、どうでもいい存在だった。彼は彼女に好意の欠片も抱いていなかったし、それを彼女に伝えるのも面倒だから好意には気づかない振りをしていた。

 * * *

体についた闇を振り落とし、リアル化から元の姿に戻った。リアル化すること自体がとても久しぶりで、上手く出来るかどうか心もとなかったが特に問題なくリアル化でき、特に問題なく障害は「排除」できた。
ぐるりと辺りを見渡し、自分以外に生きている人間はいないことを確認した。ごろごろと死体が転がっているが、放っておけば自然が弔ってくれるだろう。自分がわざわざ弔ってやるまでもない。
どこへ行こうか。
彼を作ってくれた、彼が従うべき人は既に先へと進んでしまった。急げば追いつけるかもしれないが、彼の忠誠心はそこまで高くはない。仲間は皆あの方の為に死ぬつもりなのだろうが、彼はその意味が理解できなかった。人の為に死ぬなんて、一生をかけても理解できないものだと彼は思っていた。
行くべき場所、帰るべき場所がない。どうしたものだろうか。ぼうっと思索にふけるうち、ほんの数分前、彼がリアル化する寸前に交わした会話を思い出した。

「さっさと逃げたら? お兄さんに会いたいんでしょ?」
「え。で、でも」
「大丈夫だよ、ブロッブが無事に逃げ切れるぐらいの時間は稼げるから心配しなくてもいいよ」
「そういうことじゃなくて……その、ミツさんも一緒に逃げましょうよ」
「絶対追いつかれるって。それに、僕、逃げてまで生き延びたいと思わないし」
「……駄目です。ミツさんは死んだら駄目です」
「あーはいはい。じゃあ僕死なないから。さっさと逃げなさい」

何故あの時、どうでもいい存在であるはずの彼女を逃がしたのだろう。本来の彼なら、彼女に対して何も促さずに彼女の好きにさせていたはずなのに。何故、彼女を生かしたのだろう。
「…………」
ある予測が閃いた。しかしそれは、今までの自分からすると信じがたい予測だった。執着とも言えるその感情が自分にあるとはとても考えられない。しかしそれ以外に、彼女を生かそうとした理由が思いつかなかった。彼女を生かすことで、彼にとって具体的に利益が生じることなど無いのだから。
「うーん……確かめなきゃ、かな」
彼は死体しかないその地を離れ、その星に向かった。それ以外することも見つからないし、迷いは無かった。