おまえらなんかだいきらいだ

 真っ暗な宝箱の中で一人じっと息を潜めている時が、一番落ち着いた。明るい場所だったり、誰かがいたり、物音がする、ということだけで心が苛立った。一日中宝箱の中に潜んでいることもざらであり、時間の感覚を失うほど長い間宝箱の闇の中に潜んでいたこともあった。俺はこのまま誰とも関わることなく、闇に溶けていくのだと思っていた。
 しかし、最近になって俺の快適極まる生活を阻害する奴らが現れた。
「おーい、ダク」
 奴らの一員であるスピンが宝箱を開け、快適な闇の中に不快な光を叩き込んだ。心地よい時間に水を差された俺の心境を知ろうともしないで、スピンは俺の両羽をむんずと掴んだ。
「なんかさ、アニキが大事な話があるって」
「俺は関係ないだろう」
 スピンは羽を離すことなく、俺のささやかな抗議を完璧に無視して、ずるずると俺を引きずり出し、スピンがアニキと慕う男――ドロッチェの部屋へと入った。

 ドロッチェの部屋には既に全員が集まっていた。といっても、ドロッチェとスピンの他にはストロン、ドクの二人しか主要団員はいないのでそれほど賑やかというわけでもない。
「アニキ、ダク連れてきたよ」
「我輩のことは団長と呼べ」
「気が向いたらねー」
 何度も繰り返されてきたやり取り。俺が奴らと出会ってからだけでも相当繰り返されているのだから、今までどれくらいこのやり取りがされてきたのか考えると、気が遠くなりそうだ。それでもスピンはドロッチェのことをアニキと呼び、団長と呼ぶ気配はまるで無い。それはストロンも同じことであり――彼女はドロッチェを親父と呼ぶという違いはあるものの――何度注意されようともやはり団長と呼ぶ気配はまるで無い。
 スピンが席に着いたのを確認してから、ドロッチェは咳払いを一つした。俺のための椅子も用意されているが、俺は奴らの仲間ではないので座らずにその場で立った(というか浮いた)ままでいた。
「……さて、今回の会議はこれからの我々の行動方針についてである」
「行動方針なんてあったっけ?」
「スピン、親父の話に水を差さない」
 ストロンがスピンの小声を鋭く制する。
「そもそも我々がこの星、ポップスターに来たのは伝説の洞窟マジルテに眠る財宝が目当てであった……しかし」
「既にお宝は奪われた後でした、と」
「そう! しかし我々はめげずにポップスターに眠る他の財宝を探し回った……しかし」
「既にお宝は以下略」
「そう! そしてありとあらゆる情報を元に、我輩はもうここに財宝は残されていないと考える。そこで、だ」
 ドロッチェは椅子から立ち上がり、ぐっと握りこぶしを作った。
「近日中に荷をまとめ、更なる財宝を求めて他の星へ移動しよう!」
 おー、とやる気のあるような無いような声がスピンとストロンからあがる。ドクはいつも通り無口だが、ドロッチェの方をじっと見て一度だけ頷いていた。
「親父、どの星に向かうのかは決まってるの?」
「うむ、次はリップルスターに向かおうと思っておる。クリスタルという珍しい宝石があると聞いたのでな」
 クリスタルか。かつての自分の同胞がそれを巡って起こした事件を思い出した。俺は全く関わっていなかったので詳しくは知らないが、結局は失敗に終わったらしい。
 ぼうっと昔のことを思い出していると、不意にストロンが声をかけてきた。
「ダクはこの星から出るの初めて?」
「……え?」
「リップルスターかあ。行ったことないから楽しみだよ。どんな星なのかね」
「……俺、も、行くのか?」
 俺はこいつらの仲間ではないのに?
「当たり前じゃないか。あんたはあたしらの仲間だろ」
 違う。
「…………」
「クリスタルってどんな宝石なんだろうね。売ったらどれくらいになるか」
 ちがう。
「高値で売れたら皆で美味しいご飯食べに行きたいねえ」
 チガウ。
「……う」
「え?」
「違う、違う、違う!」
 発作的に言葉が飛び出した。全員が俺を見ている。
「どうしたんだい、ダク」
 ストロンが俺の肩を掴もうと手を伸ばしたが、羽でその手をはたいた。
「なかまちがう!」
「ダク、落ち着きたまえ」
 ドロッチェの言葉も無視し、羽を振り回した。がたん、と椅子が倒れた。
「なんだよ、人の気持ちも知らずに!」
 今度はスピンが近寄ってきた。魔法で突風を生み出してスピンを吹き飛ばした。スピンは壁にぶつかり、小さくうめいた。
「俺はあんたらなんか嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ」
 ドクも、無言で俺のほうをじっと見ていた。その視線も不愉快だった。
「なんでなんでなんでなんで、何で放っておいてくれないんだよ!」
 あいつらの目線から逃げるように、俺は窓を破って外へと飛び出した。
 涙が流れる理由なんて、知りたくも無かった。