欲しかったもの
ダークゼロが外にいる時は、いつも近くで揚羽蝶が飛んでいた。彼は揚羽蝶に対して何をするわけでもなく、ただじっとその行方を見守っていた。
揚羽蝶が欲しいのだろう。ストロンはそう考えて、ある日揚羽蝶を捕まえて彼に渡そうとした。しかし彼は、籠に入った揚羽蝶を見るや否や籠のふたを開け、揚羽蝶を外に逃がした。ひらひらと揚羽蝶は飛んで行き、彼はどこかほっとした様子で揚羽蝶を見送った。
「やめろよ」
揚羽蝶から目を離すと、彼はストロンを睨んで鋭い声を放った。
「閉じ込めるな奪うな縛り付けるな燃やすな! やめろやめろやめろ!」
狂ったかのように「やめろ」を連呼する彼に、ストロンは深く頭を下げた。
「ごめん。あんたずっと揚羽蝶を見てたから欲しいのかな、って思って捕まえたんだけど、余計なお世話だったね」
「欲し、い……?」
彼の動きがぴたりと止まり、首を傾げてストロンを見た。
「欲しいよ」
その言葉とともに、彼の眼から一筋の黒い涙が流れる。
「欲しかった守りたかった一緒にいたかった」
ストロンは涙をぬぐおうと彼の頬に手を伸ばすが、その手はあっけなく弾かれた。
「きらいだ、おれもあんたもみんなぜんぶだいきらいだ」
ダークゼロは憎しみのこもった眼差しでストロンを睨み、そして己の影に入り込み、溶けるようにして消えた。ただ一人残されたストロンは未だに周りをひらひらと飛ぶ揚羽蝶を見ながら、
「揚羽蝶はタブー、と……」
彼の扱いの難しさに苦笑を浮かべた。