平和な世界の中で

 透きとおる程美しい青い空の下、俺は奴と歩いていた。奴の両手には大きな紙袋がぶら下がっていて、奴が歩くたびにがさがさと紙袋の中身が存在を主張した。
「ありがとう、手伝ってくれて」
 奴は俺に向かって笑顔を向け、天気がいいからそこの木陰で休憩しようと提案してきた。不満もないので反対はしなかった。
 天気は良く、むしろ良すぎて暑いぐらいだった。小さな丘にあった樹の陰に入ると、それだけで温度が数度下がった気がした。奴は樹にもたれるようにして座り、紙袋から小さな写真立てを取り出した。そこには目を細めて笑う女性が写っており、決して美人とは言えないが、周囲を落ち着かせる穏やかな雰囲気が写真からでも感じ取れた。
「……仇を討ちたいか?」
 俺が聞いてみると、奴は頷いた。
「彼女をあんな残酷な方法で殺すなんて、許せないよ」
「手がかりはねえんだろ。どうするつもりだ?」
「地道に情報収集から始めるかな。君も手伝ってくれる?」
「気が向いたらな」
「……やっぱり、十八号さんっていい人だね」
 奴は嬉しそうに笑った。その笑顔は写真の女性とよく似ていた。
「俺はいい人なんかじゃねえよ」
「でも、俺の友達になってくれた。十八号さんが俺の初めての友達だよ」
「……友達、ねえ」
 俺は奴の手から写真立てを取り、まじまじと眺めた。
「お前は俺を友達だと言うけどな、俺はお前をどう思ってるかなんて言った覚えはねえよ」
「……え? それ、どういう意味?」
 奴の顔に陰りが浮かんだのを確認してから、写真立てを地面に落とし、強く踏みつけた。ばきばきと音を立てて写真立てのフレームが壊れた。
「じゅ、十八号さん?」
 唖然とした顔の奴の首元を掴んで引きよせ、囁くように言った。
「俺はお前のこと、大嫌いだから」
 奴の体に電撃を流した。

 痺れて動けなくなった奴の頭を踏みつけた。ぐりぐりと地面にねじり込むように踏むと、奴は小さく呻いた。
「……十八号……さん……」
 痺れて上手く喋れない口で、奴は「十八号さん」「何で」「どうして」と意味のない言葉を紡ぎ続けた。
「あー、そうそう。言い忘れてたけどな」
 足をどかし、マフラーを掴んで無理矢理に奴の顔を上げさせた。悲しみに彩られた奴の眼前に、壊れた写真立てを突き付けた。ひしゃげた写真の中の彼女が、奴に笑いかけた。
「こいつを殺したの、俺だから」
「……え……」
 呆けたような顔をする奴の顔を引き寄せ、彼女を殺した方法、彼女の反応、徐々に彼女から命が抜けていく様子を丁寧に話してみせた。段々と絶望に染まっていく奴とは対照的に、俺は楽しくて仕方がなかった。ああ、何故人の不幸はこんなに甘美なのだろう。
「……うそだ……」
「嘘だ? てめえ、頭いかれたのか? んな単純な事もわかんねえの?」
 奴の頭から手を離し、地に伏す奴の顔に唾を吐いた。そんなことすら気にならないほど、奴の心はどん底まで突き落とされていた。
「……どうして……?」
「どうして、っつうとなあ……ま、単にてめえが気に入らねえってだけだ」
「なんで……彼女を……」
「てめえから何もかも奪ってやりたかったからだ。それに、絶望しきった奴の顔ってのを久しぶりに見たかったしな」
 俺は剣を抜いた。呆れるほど元気な太陽の光を受け、刀身はきらきらと輝いた。
「やっぱり、人の人生をぶち壊すってのは最高だよな。そう思わねえ?」
 満面の笑みを浮かべる俺に対し、奴の表情にかすかな変化が現れた。絶望の中に、ほんの少しの憎しみが含まれた。
「……そう! その顔だよ、俺が見たかったのは! 悲しんで、絶望して、俺を憎んで……最高ッ! はははははっ!」
 これ以上奴に求めるものはない。俺は剣を振りあげ、そして――
「ごちそうさまでした」
 青空が広がる平和な世界の中で、俺はこれ以上ないほどの喜びに声を上げて笑った。