公国直営料理店を立ち上げた時の事

 公国直営料理店の手伝いをしないかという提案を受けた時は、この国は大丈夫なのかと他人事ながら少し憂えた。ふらっとやってきた一介の冒険者に国営事業の片棒を担がせるなど正気の沙汰ではない。樹海の食材が欲しいなら衛士を使った樹海調査の時についでに取ってきて貰えば良いのではないか。
 いろいろと言いたい事はあったが、とりあえずは話を聞いてみることにした。爺が孫娘の道楽に付き合う以上の理由があるかもしれない。

「レジィナだ」
 まだ開店もしていない綺麗な店内で、孫娘ことレジィナは簡潔にも程がある自己紹介をした。その後に続く説明も簡素極まるものだった。
 アピキウスという天才的な料理人が遺したメモを元に、樹海料理を復活させる。
 この話に乗り気だったのは、フェンホンは言うまでもなく、フラウスとヴェルデも身を乗り出して話を聞いていた。いや、こいつらは話を聞くふりをしつつ彼女の豊かな胸を見ていた。そしてニゲルは相変わらず何を考えているのか分からない。
「我々が為すべきことは分かった」
「じゃあ……」
 やってくれるな、と言いかけたレジィナを手で制した。
「報酬として、それなりの便宜を図ってもらおうか」
 樹海料理を上手く利用すれば探索が楽になる。それはメリットではあるが、報酬とするには少し物足りない。
 私の言葉にレジィナは身構えたが、便宜の内容を話すと「おじい様に掛け合ってみよう」と前向きな姿勢を見せた。無茶な内容ではないから、聞き入れられるはずだ。
「暫くの間はこのまま協力させてもらう。第一階層の探索が終わっても便宜が図られる気配がなければ、その時はこの件はなかったことに」
「ああ、わかった」
 レジィナは頷くが、なんだか微妙な顔をしていた。
「……しかし『第一階層の探索を終えるまで』とは、大した自信だ」
「我々はエトリアの覇者だからな。……長く退屈な旅で少し腕が鈍ってしまったが」

 ……以外にも、早々に便宜は図られた。ずいぶんなフットワークの軽さである。
「待たせたな。望みの品だ」
 レジィナが手渡してきた箱の中には、色とりどりの小さな宝石が入っている。中身を一つ一つ検分し、間違いがないことも確認した。
「……確かに」
「リーダー。それ……グリモア石か? 前に見たのと比べるとちょっと小ぶりだけど」
「ああ。ハイ・ラガードで生成できるグリモアの中でも特に有用なものだ」
「エトリアのものとは少し違うのだな」
 フラウスとヴェルデが箱を覗きこんで、中に詰まっていたグリモア石をつまむ。
 グリモアはエトリアでも存在した。あれは便利なもので、回復手段に乏しい我々の冒険を大いに助けてくれたものだ。
 グリモアの性質は地域によって異なっており、エトリアのものは一つのグリモア石にいくつものスキルを内包していたが、ハイ・ラガードのものは一つのグリモア石に一つのスキルしか入らない。これだけではハイ・ラガード産の方が劣っているように見えるが、実際は慣れ次第で複数のグリモアを装備できるのだから侮れない。
 一人一つで内包するスキルの数は勝るが柔軟性に欠けるエトリア産。複数装備で臨機応変にスキルを変更できるが総数では劣るハイ・ラガード産。一長一短である。
「……かいふく」
 ニゲルも興味深そうにグリモアを眺めている。エトリアでの冒険の際はグリモアを利用した回復役を担っていただけに、回復の技を秘めたグリモアが気になるのだろう。
「スゴイの一杯ネ! これが『ベンギ』デス?」
「そうだな。ミズガルズに手紙を出してもらった。私とハイ・ラガード按察大臣の名を連名で」
「ミズガルズって言うと、なんだっけ。図書館? なんでまた」
「グリモアの研究においてはミズガルズが秀でている。各地のグリモアも良いものが取り揃えられているから、使わない手はないだろう?」
 今の我々に足りないスキルを持ち、なおかつかなりのレベルを有するグリモアの数々。まさに宝の山と言っても過言ではない。
 我々は早速、どのグリモアを装備するか話し合いを始めた。

「……しかし、よくこれだけのグリモアを貸してくれたものだな」
 ヴェルデがぽつりと呟いた。
「確かに。いくら各地のグリモアを取り揃えているからってこんだけ貸してくれるのは太っ腹すぎるよなあ」
「連名だからじゃないデスか?」
「…………」
 四人の視線が一斉に私に手中する。
「……エトリアから出立する際、探索で得たグリモアをミズガルズに寄贈した。今回はその見返り。単純な話だ」
「あ、そういやいつの間にか無いなって思ってたんだ。アレ寄贈したの?」
 フラウスはなるほどー、と頷いた。他の三人もそれで納得したのか、どのグリモアを装備するかの談義に戻っていった。
 ……本当はそれだけでなく、ミズガルズで生まれ育ち錬金術師としてそれなりに貢献した経歴もこの良質な支援の理由なのだが、誰からも追及が上がらなかったのでそこは黙って談義に参加した。