Rebirth [3]
ゼロは一目見て彼らを「星の戦士」だと判断した。
自分以外に無に属する存在はそれぐらいしかいない。
一人は黒い髪の青年で、優しげな雰囲気がある。腰にはブーメランのようなものが二つついている。
もう一人は桃の髪の少年で、黒髪の青年とは対照的に無機質で冷徹な雰囲気。腰には剣が一つ差さっている。
服装は二人とも灰色系で固めており、その服が光でも闇でもないことを表していることは本で読み知っていた。
――勝てるだろうか。
ゼロは二人を見ても恐怖や威圧感を感じなかった。
それは二人が自分より弱いからなのか、自分が鈍くて二人の強さに気づかないのか。
どちらなのか判断がつかなかった。勝てるかどうかも、分からない。
あの女性は自分が負けることを分かっていたのに、なぜ自分は分からないのだろう。己の未熟を少し恥じた。
二人の戦士は塔の入り口の辺りできょろきょろと何かを探している。何か、とは自分なのは紛れもない。
ここにいれば少しは時間稼ぎになるだろうが、それが何だ。女性がくれた時間と比べると何の役にも立たない。
ゼロは迷わずに螺旋階段の最上部から飛んだ。
重力に引かれてゼロの体は落ちていく。
あれほど遠かった塔の床が見る見るうちに近づいてくる。二人の戦士がゼロに気づくのが分かる。
二人の戦士の頭より少し高い位置に達したところでゼロは落ちることを止め、宙に浮いた。
近くで見る星の戦士は思ったよりも幼い顔をしていた。ゼロと同様の、世間を知らない幼さだ。
「あなた達は?」
ゼロが問いかけると、桃髪の戦士は剣を抜いてゼロを睨みつけた。
痛いほどの殺気が辺りに満ちる。普通の者ならばまず戦意を失うほどの殺気である。
だがゼロは全く動揺を見せなかった。桃髪の戦士を怖いと思わない。
ああ、研ぎ澄まされた剣はこんなにきれいなんだな、と思う余裕すらあった。
今にも襲い掛かりそうな桃髪の戦士に対して黒髪の戦士は落ち着いていた。
桃髪の戦士の前を手で遮り、言葉は使わずその手だけで「ちょっと落ち着いて」と桃髪の戦士を諭している。
黒髪の戦士は穏やかな表情でゼロの目を見つめ、
「私達は星の戦士です。あなたは、無の存在ですね?」
「はい、そうです。私が無の存在です」
よくよく見ると、黒髪の戦士の瞳の中にも殺気があった。上手く隠されていてなかなか気づきにくい。
殺気の隠し方の上手い人間ほど恐ろしい、と本にあったが、ゼロは黒髪の戦士も怖いと思わなかった。
「無の存在は宇宙の調和を乱すあってはならない存在。私達は、あなたの処分にやってきました」
「処分、ですか」
まるで自分がモノ扱いされているような言い方である。
「もしあなたが自分はあってはならない存在だと自覚しているのなら、どうか抵抗しないで下さい。苦しむことのないようにしてさしあげます」
「もし、抵抗したらどうなりますか?」
答えは分かりきっているが聞いてみる。
生身の人間と話をするのは初めてだったので、会話が楽しい。
「抵抗したら、私達は全力であなたを処分します。恐らく、痛く、苦しい目に遭われるかと思います」
「そうですか」
ゼロは考えるそぶりを見せた。
あくまでそぶりだけで、どうするかなどすでに決まりきっている。
「私は確かに、あってはならない存在です」
二人の戦士の顔を見ながら、いくつもある自分の能力のうちどれを使ってみようか考える。
「でも、存在してしまったからには何か理由があるはず」
右手を軽くかざす。赤い色をしたエネルギーの結集体が右手のそばに現れる。
これをぶつければ爆発が起きることは、使ったことはなくても分かっていた。
「私はその理由を知るまで死ねません。私は、あなた達と戦います」
エネルギーの結集体を二人の戦士の足元に飛ばす。
爆音と衝撃波、そして砂煙が辺りを覆う。
* * *
砂煙で二人の戦士の姿は見えないが、さすがにこれだけで星の戦士を倒したとは思えなかった。
ゼロが警戒しながら床に足をつけると、すぐさま砂煙の中から桃髪の戦士が躍り出た。
桃髪の戦士はゼロの脳天を狙って剣を振り下ろし、ゼロはそれを両手で受け止める。
剣というものはよく切れるらしいので、あらかじめ両手には鉄の硬度に匹敵するシールドを作っておいた。
高い金属音が鳴り、剣と手の力が拮抗する。
互いに全力を注いでいるにもかかわらず、桃髪の戦士は変わらず涼しげな無表情だ。
その桃髪の戦士の表情が、唐突にふっと和らいだ。
表情の変化をゼロが不思議に思ったその瞬間、左の方で風がうねる音がした。
とっさに剣をはじき後ろに跳ぶ。
その判断は正しかった。たった今までゼロがいたところをブーメランが通り過ぎた。
本で見たおもちゃのブーメランとは違い、鋭い刃がそこにあった。
あれが当たればひとたまりもなかっただろう。そう思うと背筋にざわざわしたものが走った。
――と、そこでゼロは違和感を感じた。
左目の辺りが妙に熱い。痺れるような感覚と、不快な刺激もある。
左目に手をやってみると、明らかに肌とは違う触感を感じた。
赤黒い液体のようなものが手についていた。そうか、これが血か。
血が出ているということは、怪我をした。つまり先ほどのブーメランは避けきれなかったということか。
右目を閉じてみると何も見えない。左目は使い物になりそうもない。
この隙を突いて桃髪の戦士が再び襲い掛かってきたが宙に浮いてやり過ごす。
黒髪の戦士は桃髪の戦士よりも後方の目立たない場所に立っていた。
右手には手入れされたブーメラン。左手にはゼロの血がついたブーメラン。
黒髪の戦士はゼロに一瞬で狙いを定めて二つのブーメランを同時に投げた。
風がうねり、ブーメランは猛スピードでやってくる。
ゼロは両手をブーメランに向けてかざした。
両手から強風が生まれた。
強風はゼロの意思で自由自在に向きを変え、簡単に二つのブーメランを捕らえた。
ブーメランの軌道を変える。狙いは黒髪の戦士。
黒髪の戦士が投げた時よりも速いスピードでブーメランは黒髪の戦士に襲い掛かる。
黒髪の戦士は身を転がして避けようとするが、ゼロの細やかな軌道修正の前には無駄なことだった。
――肉が切れる音がして、黒髪の戦士はその場に倒れた。
黒髪の戦士が倒れると、桃髪の戦士は目に見えて動揺した。
ひっきりなしにゼロと黒髪の戦士を見やり、殺気を出すことなど完璧に忘れている。
黒髪の戦士の周りには赤いものがじわじわと広がり、それにつれて黒髪の戦士から命が抜けていっているように感じる。
桃髪の戦士は泣きそうな顔でゼロを見、
「うわあああ!」
剣をゼロに向かってがむしゃらに振った。
さっきとはまるで違う、理性も何もない振り方だった。
これが「怒る」ということなのかな、とゼロは思った。それとも「悲しみ」なのかな。
ゼロは手を桃髪の戦士に向かって伸ばし、強風で桃髪の戦士を吹き飛ばした。
桃髪の戦士は壁に激突して気を失った。その傍に剣が落ちる。
動かなくなった二人を見て、ゼロは安堵の息を吐いた。
とりあえず、あの女の人と同じようにはならなかったな。
* * *
星の戦士が来たからには、ここにはもういられない。
ゼロは塔の扉に手をかけた。
そこから何気なく塔の中を見渡してみる。馴染みの本棚と二人の戦士しかそこにはない。
ゼロの目が、黒髪の戦士のところで留まった。
桃髪の戦士は呼吸のために胸が上下しているのに、黒髪の戦士はぴくりとも動かない。
赤いものの広がりも止まっている。
背筋がざわざわした。これが恐怖なのかな。
ゼロは恐る恐る黒髪の戦士に歩み寄り、触れてみる。
「ひっ……!」
冷たい。思わず数歩下がってしまう。
これは、これは――
「……し、死ん、だ?」
本で読んだ。死ぬとは生命活動が止まることではない。
その生き物のその世界とのつながりが絶たれてしまうこと。
誰かが誰かのつながりを絶つことは絶対に許されないこと。
自分は、この黒髪の戦士のつながりを絶ってしまった。
「い……いやだ。いやだ!」
そんなつもりはなかった。
ただ、やられたからやり返そう。そう思ってやった。それだけだった。
「生き返ろ! 生き返ろっ!」
自分の中のありとあらゆる治癒能力を黒髪の戦士に注いだ。
黒髪の戦士はぴくりともしない。
「ああ……あ……」
頭を抱えてその場にうずくまった。罪悪感に押しつぶされそうだった。
桃髪の戦士の姿が目に入ったのはそれからしばらく経ってからのことだった。
ゼロは桃髪の戦士に歩み寄ってみる。桃髪の戦士は、ただ気を失っているだけで生きている。
――もし、彼が目を覚ましたらどうなる?
ゼロはそこから起こることを想像して寒気を感じた。
彼は何度でもゼロに立ち向かってくるだろう。何しろ大切な相棒を奪われたのだから。
そしてゼロも自分の命を守るために彼と戦うだろう。
何度も戦えば、いつか自分が彼の命を奪ってしまうのではないか。
それは何としてでも避けたいことだった。もうこれ以上つながりは絶ちたくない。
ゼロは彼と戦わずに済む方法を考え、やがて彼の記憶を封印することを思いついた。
彼の生い立ちや相棒の戦死、そしてゼロという存在の記憶を封印してしまえば、彼がゼロに立ち向かうことはもうないのではないか。
ゼロは桃髪の戦士の頭に手を近づけ、力をこめた。
記憶の封印は少し複雑だったが、できた。厳重な封印を施したので解けることはないだろう。
そして、桃髪の戦士をここからできるだけ離れた星へと転送した。
もし彼がこの塔を見れば封印を解くきっかけになってしまうかもしれない。
無事桃髪の戦士を転送し終わり、ゼロは先ほどまで桃髪の戦士がいたところを眺めて、
「どうか、もう会うことはありませんように」
切実に願った。
* * *
黒髪の戦士の遺体をどうするか。
ゼロは今までにないぐらい真剣に考えた。
本来なら手厚く葬ってやるべきなのだが、ゼロにはできなかった。
もし黒髪の戦士をここに葬り、ここから離れて生活を始めたら、いつか自分は黒髪の戦士のことを忘れてしまうのではないか。
黒髪の戦士のつながりを絶ってしまったことも忘れてしまうのではないか。
ゼロはそれが不安でならなかった。何しろ生き物の脳はどんなことも忘れるようにできている。
考えた末に、ゼロはある決断を下した。
黒髪の戦士に新しい命を宿らせる。
そして新しい命を常に自分の傍に置いて、自分の罪を忘れないための楔とする。
ゼロの力を持ってすれば、死体をベースに新しい命を作ることはできた。
黒髪の戦士の傷を癒し、血をきれいに取った。服も新品同様に修繕した。
ついでにゼロ自身の傷や血や服を処理した。しかし左目は完治せず、見えないままだった。
まあいい。この左目も罪の証だ。
きれいになった黒髪の戦士を見て、彼の右目に傷跡があることに気づいた。恐らく右目は見えていないだろう。
ゼロは黒髪の戦士に両手を当て、集中力を研ぎ澄ました。
新しい命を作ることは一つのミスも許されない難しい行為。
ゼロは慎重に作業を始めた。そして、終わった。
* * *
黒髪の男は目を開けた。
初めて見たものは気が遠くなるほど高い天井。
円形の塔の内周には螺旋の通路が作られており、本棚がびっしりと並べられている。
空気は妙に熱気があり、深く息を吸うとさまざまな感情をはらんだ空気が肺を満たした。
ふと視線を下げると前方に白髪の男がいた。左目に傷跡がある。
疲弊した様子の男は、真っ赤な瞳で黒髪の男を見ると力なく微笑んで、
「こんにちは」
まるで生まれて初めて言葉を話したときのようなたどたどしい発音で、挨拶をした。