英雄/side-T [3]
その日以来、ゼロは週に一度程度のペースで早朝の川で釣りをするようになった。トートが朝食と昼食用の魚を釣り上げるまでの間、二人は話をした。大体が他愛も無い雑談で、その日の昼には話したことを忘れてしまうような下らないことだった。
話せば話すほど、ゼロは妙な人物だった。様々な分野の専門的知識は山のようにあるくせに、一般常識は雀の涙ほども無かった。話がかみあわないことがほとんどであり、完璧に会話が成立したときは、槍でも降るんじゃないかとトートは密かに空を見上げたりもした。
ゼロはファイナルスターという星で暮らしていると言った。つまりはトートにとっては異星人なのだが、大して驚かなかった。彼が持つ雰囲気はどこか現実離れしていて、異星人だろうが何だろうが「ああそうだと思った」と思わせるような浮遊感があった。
「ファイナルスターで何をしているんですか」
と訊ねたこともあるが、ゼロは散々首を捻った挙句「何もしていないな」と答えた。「強いて言えば、ダークマターという一族を作っている」
「ダークマター?」
「人間とは微妙に違うが、人間に近い存在だな」
ゼロの説明によると、死体に新しい命を吹き込んだ存在をダークマターと呼んでいるらしい。どんな死体でもダークマターに出来ると彼は言った。
「私も死んだらダークマターにできますかね?」
と冗談半分に聞いてみると、彼は予想外に真剣な表情をして「死ぬなんてことは考えるな」と一言だけ言った。その瞬間だけ彼の周りの浮遊感は消え、全く違う一面がちらりと顔を覗かせた。
「冗談ですよ」
とトートが笑うと、ゼロも笑った。ナイトメアに早く「殺して」欲しい今、新しい命とはいえダークマターとして蘇るつもりなどさらさら無かった。
長い一人暮らしの中、ゼロという話し相手は良い息抜きになった。トートと接する人間はゼロしかいなかったが、トートは決してゼロに頼ることはしなかった。一人で生きることに慣れた今、誰かに頼ることに臆病になっていた。頼りにしている者がいなくなる絶望感は、もう味わいたくなかった。
ゼロとのつかず離れずといった間柄を保ったままさらに時は過ぎていった。
* * *
ある日の晩、昼に獲った鳥を焼いたものと、小さな畑で育てた野菜を入れただけの薄味のスープを夕飯に作った。夕飯は毎日が同じメニューで、鳥が兎などの小動物に変わるぐらいしか変化は無い。
非常に薄味で正直に言うと美味しくないものだったが、腹が満たされればそれでよかったので味などどうでも良かった。
夕飯をテーブルに並べ席に着いた瞬間、外に人の気配を感じた。ゼロだろうか、とも思ったがあの独特の雰囲気がないので違う人物だろう。外にいる人物は窓のそばでじっと立っている。殺気も何もない自然体でそこにいる。トートが怪訝に思っていると、その人物は窓を軽くノックした。
窓を開けると、そこには桃色の髪の少年が立っていた。この辺りではあまり見かけない服装をしており、どこか遠いところの人なのだろうとトートは判断した。
「……どなたですか?」
そう問うと、少年は目線だけを左右に動かした。何を言うべきか考えているのだろう。怪しい、と直感的に感じたがトートは口には出さなかった。
「遠くからやって来た者です。少しでいいので、食べ物を分けてください」
「この森を南に抜けたところに、町があるでしょう。そちらに行ってごらんなさい」
少年の服装や仕草を改めて眺める。町の人々とはまるで違う。そして微かだがゼロに近い雰囲気を感じた。もしかしたら、という憶測が巡る。
「それは分かっています。……しかし、僕はここの料理が食べたいのです」
少年の目線はテーブルの上、小さな肉と湯気を立てるスープに注がれていた。トートもそちらに目を移してみるが、何故こんな味気ないものを食べたいというのか理解できなかった。
「…………」
少年の目を見る。敵意や悪意は感じられない。本当に、ただ食べたいだけだという気持ちがひしひしと伝わってきた。
近くに町があるというのに、何故こんなところで、あんな食べ物を食べたがるのだろう――それを知りたい好奇心が、警戒心に勝った。
「いいでしょう。上がってください」
誰かを家に入れるのは、両親を失ったあの日以来初めてのことだった。
それ以来、少年はこまめにトートの元を訪れるようになった。早い段階でトートは自分が「化物」であることを話しているにも関わらず、少年は自然体でトートに接していた。
あなたは私が怖くないのですか、と尋ねたこともあった。少年はすぐに首を横に振って、
「僕も化物みたいなもんだしね」
とこぼした。彼が記憶を失っていることは聞いていたが、まさかそれが「化物みたいなもの」と思う理由ではないだろう。きっと他に隠していることがあるのだろうと察したが、追求はしなかった。トートがナイトメアのことを話さないように、少年にも話したくないことはあるだろう。
話をするごとに、少年の態度は少しずつ親密なものになっていった。家柄の関係で友人が出来ず、ゼロは友人というより親に近い感覚があったので、初めての友人と言える少年との会話は新鮮なものだった。
* * *
やがて、少年は旅に出てトートは当ての無い放浪の旅に出ることになった。少年は、自分の記憶を取り戻すために。トートは、唯一の友人との「また会って話をしよう」という約束を守るために。
冷静に考えれば、再び少年がこの星に戻ってきてその上放浪生活をするトートに会う確率なんて限りなくゼロに近い。それでも、トートは出来る限り生きようと決めた。ナイトメアに体を奪われるまで、一分一秒でも、長く。
家を失って、何も持ち合わせが無い状態からの旅は最初は苦しかった。昔の、ナイトメアに殺されたがっていた自分ではあっという間に音を上げていたかもしれない。トートはそんなことを思いながら、友人との約束を思い出しながら、少しずつ道具を揃えていった。
ある程度旅に余裕が出てきた頃、ふと思い立ってある場所に赴いた。
早朝の朝、ゼロは未だにあの川辺に釣りに来ていた。小魚を釣り上げては川に戻すことを延々と繰り返していた。トートは彼の横に座り、ずっと変わらずさらさらと流れ続ける水面を眺めた。
「たい焼き、釣れましたか?」
「いいや。あんなに大量に売られてるのに、ちっとも釣れん」
そう言って眉間にしわを寄せて水面を睨むゼロを見て、トートは微笑をこぼした。この人は、全く変わっていない。
「……家、焼けちゃいました」
「家焼きか……あまり売れなさそうなお菓子だな。中には何が入っている?」
ゼロの的を外した相槌は放っておいて、言葉を続けた。
「それで旅を始めたんですけど、当てもないし道具もないしで大変ですよ」
ふと手元を見ると、真っ黒な手足がむき出しになっていた。そう言えば手足をゼロに見せたことはなかったのだが、ゼロはそれに関しては何の反応も無かった。何故だろう、と思ったがゼロの思考回路を予測するのは無理な話だった。
「それでも、なんとか慣れてきましたよ。……私、一分一秒でも長く生きてやりますよ」
「そうか。それなら、一つ頼まれてくれるか?」
「何をですか?」
「これから、色々な場所へ行くのだろう?」
どこかに定住する予定は今のところないので、そうなるだろう。トートは頷いた。ゼロの瞳は真剣そのもので、これはよほど重大な頼み事らしいなと察することができた。
ゼロは釣り針に餌をつける手を止めて、言った。
「できればあちこちの川を探して、たい焼きがいるかどうか確認して欲しい」
「はい?」
真剣そのものといえる表情と口調とは裏腹の頼み事に、トートの声は思わず裏返ってしまった。
「今まで多くの星で釣りをしてきたが、たい焼きが釣れたことが全く無いんだ。……釣りたてのたい焼きを食べることが私の夢なんだ、できれば手伝って欲しい」
トートはぽかんとしていたが、すぐに微笑を取り戻した。
「いいですよ」
餌がなくなるまでゼロは釣りを続けた。それでも釣れたのは小魚ばかりで、それらはすぐに川に帰していたため収穫は無し、というか餌の分だけマイナスに終わった。
「くそー、たい焼きのくせにっ」
と言ってぷりぷりと怒るゼロを微笑みながら見ていると、不意に昔の自分の声が頭に響いた。
――くそー、ただの魚のくせにっ。
そこから芋づる式に昔のことを思い出した。今まで一度も思い返したことのない、忘れていてもおかしくない、というか忘れていて当然のことなのに。
「ゼロさん、この川にはアラシって呼ばれてるすごく大きい魚がいるんですよ」
腹いせに川に小石を投げ込んでいたゼロはその手を止め、興味深そうな目で続きを促した。
「昔、町の子供がそれを釣ろうって息巻いてたのを、私たまたま聞いちゃって。父と一緒に特製の餌をたくさん作ってここに釣りに来ました」
「……で? 釣れたのか?」
トートは即座に首を横に振った。「まさか」
あの時は日が暮れるまで釣りを続けたが、釣れたのは小魚ばかりで、とても悔しい思いをした。今のゼロのように「くそー、ただの魚のくせにっ」とぷりぷりと怒り、川に向かって石や草など色々なものを投げ込んだ。
それからしばらくの間、アラシを何とかして捕まえようとあらゆる策を試みた。色々な種類の餌を用意したり罠を作ったりした。それでもアラシは捕まらず、それどころか姿すら見つけられず、トートは執念で釣りを続けていた。
「色々試したんですけどね、結局釣れませんでした」
「諦めたのか?」
「というより、飽きたんでしょうね」
最初の方こそ丸一日をアラシに費やしていたが、三日も経たないうちにアラシに費やす時間は減っていき、数週間も経つとアラシのことはただの思い出になっていた。
「飽きっぽい子供でしたから」
「子供はだいたい飽きっぽいものだろう」
ゼロは釣り道具を片付け、水面をじっと見つめた。
「アラシか」
そう呟いたゼロの瞳は子供のように輝いていた。思えばゼロの言動は子供じみたものがある。くだらないことに固執し、思い通りにならないことには駄々をこねるし、常識に縛られない自由奔放な思考を持っている。それでも不思議なことに、トートはゼロのことを親や保護者のように感じていた。子供じみた言動を吹き飛ばすほどの何かがゼロにはあった。
「それでは、そろそろ行きますね」
「ああ」
川に背を向け歩き出すトートに、ゼロは声をかけた。
「たい焼きの件、頼むぞ」
* * *
一人きりの自給自足の生活は孤独であったが、トートは敢えてそれを考えずに旅を続けた。孤独であることを意識し始めたら、自分を支えている何かが決壊してしまう気がした。それに、この体で誰かを求めても報われないことは簡単に予想がついた。
どうしようもなく寂しくなった時は、いつもの川に行ってゼロと話をした。ゼロは相変わらずたい焼きを求めて釣りを続けており、トートの「北の川ではたい焼きは見かけませんでした」といった報告に肩を落とした。
そういった生活を続けていると、旅を始めてから何年経ったか、何十年経ったか、時間の感覚があやふやになった。ゼロに聞いても「そんなもん知らん」と即答された。
ナイトメアの侵食は徐々に進んでいた。肘や膝のあたりまで黒いものは広がり、指は変形と硬化の結果、人間の手とはかけ離れた鋭い爪を持つ何かに変わった。足の構造も、まるで獣のようなものになった。
侵食が進むにつれ、意識を失うことが多くなった。最初は新月の日の夜だけだったが、次第に頻度は増え、今や毎晩意識を失った。意識を失っている間のことは何も分からず、目覚めたときの周りの状況から何をしていたのか推測するしかなかった。大体は何も変化はないのだが、たまに「怪獣でも通ったんですか?」と聞きたくなるほどひどい光景が広がっていることもあった。
ある時、朝目覚めると周りにはひどい光景が広がっていた。木々はなぎ倒されたり、焼き払われたり、氷付けにされたりとぼろぼろにされており、足下に広がっていた草も同様の目に遭っていた。
ゆっくりとあたりを歩き回ると、焼けこげた草の中に黒いものが紛れ込んでいた。慎重に草を払うと、そこには黒く焼けこげた兎が横たわっていた。
「……すみません」
そっと兎を抱え上げようとしたが、鋭い爪に当たった途端兎の体はぼろりと崩れた。崩れを止めようと当てた手から、さらにぼろぼろと体は崩れ、トートの手のひらにはほんの少しの灰だけが残った。
「…………」
トートはしばらくの間手のひらをじっと見つめていた。そして、決意した。
* * *
久々に川を訪れると、ゼロは必死の形相で釣り竿を握りしめていた。釣り糸が激しく動いていることから、相当の大物がかかっているのだろう。ゼロは左右に揺れる釣り糸に振り回されないように足を踏ん張っている。
ゼロに話すことがあって来たのだが、この状況では話すどころではないだろう。トートはゼロの元に駆け寄り、ゼロと共に釣り竿を握った。
「大物ですね!」
精一杯の力を込めて引っ張ってみるが、びくともしない。この川にこんな大物がいたのか、と心の中で驚いた。
水面には巨大な黒い影が激しく踊っている。まさか、これが「アラシ」なのだろうか。そんな馬鹿げたことを考えていると、ゼロが小さく呟いた。
「びっくりしただろう。こいつは、多分アラシだ」
「まさか」
アラシはトートが子供の頃に聞いた話だ。それから何年も、何十年も経った今もここにアラシがいるとは思えない。
「アラシ以外に何がいる? 絶対釣り上げるぞ」
子供のような笑みを浮かべるゼロに釣られて、トートも久しぶりに子供のような笑みを浮かべた。これがアラシがどうかなんて、釣りあげて確認すればいい。子供のような好奇心が沸き上がった。
魚の力は強靭で、到底釣りあげられそうにないように思えたが、長い時間をかけているうちに少しずつ力は弱まってきた。動きも若干だが遅くなり、釣竿を引くとほんの少しだけ魚は引っ張られた。
「そろそろですね」
「ああ。せーの、で一気に行くぞ」
トートとゼロは顔を見合せて頷いた。
「せー……」
手に力を込める。
「のっ!」
全力で釣竿を引く。こんな風に全力を出すのは久しぶりのことだな、などとどうでもいいことを考えていると、巨大な魚が川面から躍り出た。
川辺に引きずり出された巨大な魚は、びちびちと激しく跳ねまわっていたが、やがて動かなくなった。
「すごい……」
ゆうに一メートルは超えるその巨大さに、トートは感嘆の息を漏らした。ゼロはというと、釣り竿の先端で魚の顔のあたりをつついていた。
「これがアラシか?」
「さあ……子供の頃に聞いただけですからこれがそう、とは言い切れません」
「あやふやな答えだな。もうこれがアラシでいいじゃないか」
日光を受けててかてかと光る鱗を見ながら、トートは頷いた。まさか、今頃になってアラシを釣り上げることになるとは思いもしなかった。
「ゼロさん、今日は話があって来たんです」
釣り上げたアラシをどうしようかと考えているゼロに向かって言った。
「何だ? アラシのことなら、二人で山分けにするから心配するな」
「違いますよ。……その、ゼロさんは死体からダークマターを作れるんですよね?」
「ダークマター」の単語を聞くと同時にゼロの顔から笑みが消えた。
「作れるが、それが何だ?」
「私をダークマターにしてください」
ナイトメアの侵食について手短に説明した。手足の奇形の広がり、毎晩意識を失ってしまい、少しずつだが意識を失っている時間が長くなってきていること、全てを話した。
一分一秒でも長く生きたいことに変わりはない。しかし、もう自分が自分でいられる時間は残り少ない。ナイトメアに「殺されて」しまうのは時間の問題だった。
「生きたい気持ちに変わりはありません。ただ……ナイトメアとして生きるのは真っ平御免です」
「……だから、ダークマターに、か?」
トートが頷くと、ゼロは腕を組んで考える素振りを見せた。
「ダークマターも、お前とは全く違う命だぞ?」
「でも、ゼロさんもいるし、何より暴れてしまうこともないでしょう?」
ナイトメアになってしまうと破壊の限りを尽くしてしまうかもしれない。そうなるよりも、ダークマターとして生まれ変わってゼロの下で生きる方がまだ希望はあった。
トートの決意が変わらないことを察すると、ゼロは渋々といった調子で頷いた。
「……考え直す気は、ないか?」
崖際に立つトートに対してゼロは尋ねた。トートは首を左右に振った。
「私は、友人との約束を果たしたいと思っています」
もう一度彼と会って話す可能性など、万に一つだと分かっている。でも、できるだけ長く生きていれば、その万に一つが実現するかもしれない。その為には、ダークマターとして生まれる新しい誰かに可能性を繋げるしか手段はない。
「トート・ミュラーとして彼にもう一度会いたかったのですが、もうそんなわがままは言ってられません」
振り向いて、ゼロに対して頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします」
崖際から眼下に広がる世界を一望する。死が目前に迫っているというのに、今までにないほど静かな気持ちだった。
崖際から、トートは飛んだ。
* * *
――最初に感じたのは、まぶた越しに見える淡い光だった。
目を開くと、天井につけられた電球から柔らかな光があふれていた。上半身を起して辺りを見る。広い部屋のようだが、機械のようなものがそこここに雑然と積み上げられており、その広さが台無しにされていた。
革張りの椅子に男が座っていた。白い長髪に左目を覆う包帯が特徴的な男だった。
「目が覚めたか」
そう言って男は力なく微笑んだ。
「俺、は……?」
と彼が質問にならない質問を投げかけると、男は椅子から立ち上がった。
「お前の名前は――」
そして男は何かを呟いたが、隣の部屋からがらがらがっしゃん、と大きな音がしてその言葉はかき消された。
男は音がしたほうの部屋を見て「一号は何をやってるんだ」と苦笑し、彼は辛うじて聞き取れた単語を口にしてみる。
「……ミラ……?」
男は何かを言いかけたが、少しだけ何かを考えた末に、頷いた。
「……ああ、そうだ。お前はミラだ」
男はゼロと名乗り、ダークマターとして彼を作ったこと、ダークマターという一族のことを簡単に説明した。彼はそのことを理解したが、これから何をすべきなのかは皆目見当がつかなかった。
「俺はこれから何をすればいいですか?」
「そうだな……」
ゼロは少し考えた末に、ぽんと手を叩いた。
「魚でも食うか」
「はい?」
「大きい魚が釣れたんだ。さっきそれを焼くように頼んだから、もうすぐこっちに来るぞ」
突拍子もない提案に彼はどう対応すべきか迷ったが、とりあえず頷いた。ゼロが言うのだから、従っておいたほうがいいだろう。
「お前と山分けする約束だったしな」
「山分け?」
何を言っているのか分からないミラに対して、ゼロは子供のような笑みを浮かべた。
「相当大きいやつだが、二人で食べきるぞ」
* * *
やがてやって来た焼き魚はミラが考えていたよりもずっと大きく、これを二人で食べると言ったゼロの神経をほんの少し疑った。
当のゼロはどこから持って来たのか、フォークとナイフを手にざくざくと魚の身を一口サイズに切っていた。
「いただきまーす!」
と、満面の笑みで魚の身を頬張った。が、その直後その顔が何とも情けない表情に変わる。
「……まずい……」
ミラも恐る恐るそれを口にしてみると、生臭いような苦いような、美味いとはとても言えない味が広がった。
「……これ、ホントに全部食べるんですか……?」
「……た、食べる、食べるぞ! ミラ、お前も最後まで付き合え!」
今にも泣きそうな顔をしながら、ゼロは魚にフォークを突き刺した。