アルストロメリア [2]
花の絵は、予想以上に難航した。何度描き直しても気に入る出来にはならず、部屋の隅に無数の花の絵を積み重ねている間にも花は少しずつ枯れていった。枯れた花を切り取りながら、どうして上手くこの気持ちを表現できないんだろう、と考えるが答えは見つからなかった。キャンバスを積み重ね、想いにふけっているうちに、残った花は一つだけになった。
その時描いていた花の絵は、今までで一番良い出来だった。様々な色が鮮やかな桃色を引き立て、クラッコが持つ花のイメージを十二分に出せていた。この絵が完成したら、額縁に入れて飾ろう。今までは描き上がったら捨ててもいいぐらいの心持ちだったのに、この絵はそう思えるくらい気に入っていた。筆を動かし続け、自分が持つ最高のものをキャンバスの上に重ねていった。
絵は着実に深みを重ねていき、あともう一歩で完成というところで、最後の花が枯れた。茶色に枯れた花を切り取りながら、クラッコは決意を固めた。父親がどういう反応を返すか、ある程度予想はできていたからそれほど恐ろしくはなかった。それよりも、早くこの用事を済ませてあの絵を完成させてしまいたかった。
「父さん、話があるんだけど」
居間で眉間にしわを作って本を読んでいた父親を呼び、二人きりで話せるように、そして花に見守ってもらうために、玄関に連れて行った。
「何の用だ」
片手に本を持ちながら、父親はしかめっ面をした。いつも通りの父親の態度に、クラッコは微笑みを浮かべた。
「……僕、絵描きになりたいんだ」
花が傍にいたから全く緊張もせず、するりと言葉が出た。
「絵描き、だと?」
父親の眉間のしわが一層深くなる。
「うん。雲の統治者にはなれそうもないし、絵を描いて生活する方が父さんと母さんのためになると思うんだ」
「……本気で言っているのか?」
父親の真剣味を帯びた声に対し、クラッコは能天気な微笑みで頷いた。
その瞬間、父親の平手が飛んだ。
「ふざけるな!」
クラッコが平手の痛みを感じたと同時に、父親の鋭い声がクラッコに突き刺さった。
「雲の統治者になれそうにない、だと? それはお前の努力が足りないからだろう!」
「……え……」
今まで見たことのない剣幕と、頬に走る痺れるような痛みに何も言えずにいると、父親はさらに続けた。
「お前が雲の統治者になれなかったら、これからこの星はどうなる! お前は自分の責任も忘れて、どの面を下げて絵描きになると言うんだ!」
「責任……なんて……」
精一杯努力はした。責任も知っている。訴えることは山のようにあるが、言葉に出なかった。
「雲の統治者のことも忘れて、絵を描いて、花を育てて遊び呆けて……」
父親はそこで一旦言葉を切り、忌々しげに花壇を睨みつけ、そして蹴り飛ばした。倒れた花壇から、土と草が崩れる。父親の足が、土にまみれた草を踏みにじった。
「やめて!」
クラッコが父親に掴みかかるが、すぐに突き飛ばされた。尻餅をついたクラッコを、父親は汚物を見るような目で見た。
「……この、役立たずの、出来そこないが!」
もう一度花壇を蹴り飛ばし、父親は荒々しい足取りで家の中に戻って行った。強く閉められたドアの音で、クラッコの中の何かがぷつりと切れた。
* * *
気がつけば、自分の部屋の中にいた。キャンバスを目の前にして座っているが、その眼に映っているのは完成直前の花の絵ではなく、父親の侮蔑に満ちた顔だった。その顔を見ていると、うわ言のように言葉が溢れてきた。
「せいいっぱい、がんばったよ」
「せきにんも、わかっているよ」
「それでも、ぼくにはできなかった」
「ぼくは、どうしたらいいの」
「ぼくは、やくたたずなの?」
「ぼくは、できそこないなの?」
「ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは」
ふと、花の絵が目に入った。鮮やかな色に満ちた絵は、その絵にはひどく似合わないように思えた。
この絵に似合うのは、もっと――
絵筆を手に取り、深い黒を絵に叩きつけた。鮮やかな桃色の中に生まれた黒は、明らかに今までとは違う色だったが、クラッコは気にすることなく黒を絵の中に刻み続けた。あっという間にキャンバスの大部分は黒く染まり、黒の間から見える鮮やかな桃色もどこかくすんで見えた。真っ黒なキャンバスの前で、クラッコは何とも言えない気持ち悪さを感じた。
「……違う……」
この黒だけでは、何かが足りない。あちこちに散らばった絵の具を眺めるが、その中にクラッコが求める色はない。机の上に目をやると、様々な文房具が散らばっていた。鉛筆と鉛筆の合間に光るものに、クラッコは目を留めた。それを手に取り、次に自分の左手首を眺めた。
「……ふ、ふふ……」
それ――カッターナイフから刃を繰り出し、左手首に優しく当てた。金属の冷たさに目を閉じて、すっと刃を横に引いた。鋭い痛みが走り、手首からじわりと血がにじむ。
「……そう、これだ」
手首から生まれる赤黒い色。これこそ、クラッコが求めている色だった。左手首を、直接キャンバスに押しつけた。そして手首を放すと、ほんの少しだけ赤黒い色がキャンバスに付着した。
深い黒と生々しい赤。その醜い色遣いは、正に今のクラッコが求めるものだった。
「は、はは……あはははははははは!」
無意識のうちにカッターナイフを逆手に持ち、キャンバスを切った。何度も何度も、執拗なまでに切り刻み、絵がただの細切れの紙屑になるまで、クラッコは笑いながらカッターナイフを動かし続けた。
* * *
それ以来、クラッコは無心で絵を描き続けた。黒と赤をキャンバスに乗せ、仕上げに手首を切って血をこすりつけた。そうして出来上がった絵はすぐにカッターナイフで切り刻み、床に撒き散らした。すぐにキャンバスは足りなくなったが、部屋の隅に積み上がっていた昔の絵の上に描けばそれで事足りた。
手首を切ると、不思議な安心感が生まれた。血の赤さはクラッコが求めているものと近く、そして手首を切る痛みが何とも言えず快感だった。絵を一枚描くごとに手首の傷は一本増え、クラッコの手首はあっという間に傷にまみれた。
三日三晩、不眠不休で絵を描き続けていた。今までにないペースで絵の具を消費し、ふと気がつけば手元にはどの色の絵の具も残っていなかった。キャンバスに目を向けると、あり合わせの色で作られた混沌とした絵が出来上がっており、クラッコはそれを無言で切り刻んだ。紙屑はクラッコの足元に落ち、周りを見ればそういう紙屑が足の踏み場もないほどにひしめいていた。部屋の隅に山のようにあった昔の絵も、一つ残らずなくなっている。
仕方ない。外に出よう。クラッコは久しぶりに部屋のドアノブを回した。
そろそろと廊下を歩いていると、居間から両親の話し声が聞こえた。何となく顔を出しづらく、クラッコは壁に背を付けて聞き耳を立てた。
両親揃って小声で話しているので細かいことは分からないが、クラッコについて話していることは察することができた。決して明るくはない雰囲気に、クラッコは吐き気がした。
両親の苛立ちも理解はできた。雲の統治者の責任を投げ出して絵描きになりたいと言い出した息子に対する失望も、分からないことはない。それでも、クラッコは両親を認め、許すことができない。表面上の愛情ばかりで、クラッコを「子供」として愛さなかった。そんな両親を「親」と認めることなど、できなかった。
母親がヒステリーな声をあげた。「どうしてこうなるの!」
そんな母親に、父親は何かを呟いたがクラッコには聞こえない。母親の感情的な声だけが、クラッコの耳にはっきりと届いた。しかし母親の言葉も要領を欠いていて何が言いたいのか分からない。
これ以上聞いてもしょうがないとクラッコは玄関に向かったが、その瞬間、
「あんな子、生まれてこなければよかったのよ!」
クラッコの背に母親の甲高い声が、突き刺さった。
クラッコは町を歩いていたが、向かう場所も決めず、その足取りはふらふらとしていた。三日三晩飲まず食わずだったから、そんな下らない理由で足取りが怪しくなっているのだと思いたかったが、そうではないことはクラッコ自身が一番よくわかっていた。
先代に見限られた。花は枯れた。絵は紙屑になった。父親に役立たずの出来そこないと言われた。母親に生まれてこなければよかったと言われた。
「……なんにも、ないなあ……」
自分には何も残されていない。そう思うとずきんと手首が痛んだ。悲しいのか、苦しいのか、もっと複雑な感情なのか、今の気持ちがどういうものなのかクラッコには理解できなかった。ただ、涙が止まらない。
当てもなく歩いていると、人気のない山にたどり着いた。息を切らせながら急な傾斜を登っていると、道のすぐ横がほぼ垂直の急斜面になっていることに気付いた。斜面というか、崖と言っても差し障りはない。
「…………」
クラッコは足を止め、崖の下を覗いた。かなりの高さがあり、足を滑らせればまず助からない。それなのに、崖際に立っても恐怖心は一つもなかった。むしろ、崖から飛んでみたいという欲求が膨れ上がった。
「……楽に、なれるかな……?」
半歩、前に出た。ほんの少し体を傾ければ、後はあっという間だ。クラッコは涙をぬぐい、微笑みを浮かべた。
「……ばいばい、なんて言う相手もいないか」
両足が、地面から離れた。
びゅうびゅうと風を切って落ちていく音がする中、クラッコは目を閉じた。時間の流れがとても緩やかになり、瞼の裏には今までの思い出が蘇っていた。先代と、花と、絵と、両親しか存在しないちっぽけな思い出。我ながらつまらない人生だったなあと笑みがこぼれた。
衝動的に飛んだようなものだったが、よく考えればこれが一番良い選択だったのかもしれない。クラッコが消えれば両親は喜び、そして次代の雲の統治者がどこかで生まれる。次代の統治者はきっと役割を果たしてくれるだろう。何もできない役立たずは、クラッコ一人で十分だ。そんな紙屑以下の命を捨てるだけで全員が幸せになれるのなら、喜んで投げ出そう。
うっすらと目を開けてみると、地面はすぐそこだった。ああ、これで僕も少しは皆の役に立つことができた。クラッコが穏やかに微笑んだ瞬間――
――クラッコの全身を、柔らかい何かが包み込んだ。
クラッコの視界が一瞬にして白く染まり、地面に激突するはずだった勢いは失われ、クラッコはふわりと無傷で地面に着地した。突然のことに考える力を失っていると、クラッコの体を包み込んでいた白いものはふわふわと離れ、クラッコの目の前で人の形に集まり、やがてそこに一人の少年が現れた。
「突然のご無礼、お許しください」
肌も髪も人間離れした白さを持つ少年は、クラッコに対して深々と頭を下げた。
「小生、ジュニアと申します。統治者様のお迎えに参りました」
「……統治者、様?」
クラッコが首をかしげると、ジュニアと名乗った少年は頷いた。
「クラッコ様。貴方が次代の雲の統治者であらせられます。……予測しておられなかった事が発生いたしましたので、こうしてクラッコ様とお会いする事が遅れましたことを、心からお詫びいたします」
「……予測していなかったこと?」
それって何なの、とクラッコが問うとジュニアは突然地面に正座し、深くクラッコに平伏した。
「本当に、本当に申し訳ございません! 小生は悠久の時を生きていらっしゃるというのに、このような事態も想像しておりませんでした……全ては、小生の不徳の致すところでございます!」
突然の土下座に驚きながらも、とりあえず顔を上げるようにクラッコは言った。ジュニアは顔を上げたが、その表情はクラッコに対する申し訳なさで満ちていた。
「……クラッコ様がお持ちになっておられる雲の統治者としてのお力は、今までの統治者様と比べて非常に微弱なものでございます」
「微弱? 僕が雲を動かせないのは、僕が持ってる力が弱かったから?」
ジュニアは静かに頷いた。
「今までの統治者様は、小生と距離が離れていても十分にそのお力を発揮することができました。しかし、クラッコ様のお力では小生と離れていてはそのお力を発揮されることが不可能なのでございます」
「……あの、三つ聞いていい?」
「何でございましょう」
「ジュニアは……雲の統治者を作ったあの精霊なの?」
ずっと幼いころに読んだ、雲の統治者が生まれた時の童話を思い出した。あの話では、精霊が人に力を与えて雲の統治者を作り出し、統治者と共に天候を治めていた。
馬鹿げたあり得ない質問だとクラッコは自分でも思ったが、意外にもジュニアはあっさりと頷いた。
「確かに、小生が最初の雲の統治者を生み出しております。といっても小生は天運に干渉してきっかけを与えただけでございますが」
「……はあ」
突然の事態に混乱し通しの頭では、何を言われてもあっさり受け止めることができた。
「じゃあ、二つ目だけど。ジュニアが近くにいたら……僕も、雲の統治者になれるの?」
離れていては力を発揮できない。ならば、近くにいたら発揮できる。子供にも出来る簡単な計算だ。ここは予想通り、ジュニアは頷いた。
「今なら、空は曇っておられます。クラッコ様のお力なら晴らすことが可能でございます」
空を見上げると、高い木々の隙間から曇り空が見えた。クラッコは無意識のうちに手を伸ばし、そして叫んだ。
「晴れろ!」
その瞬間、雲が割れて、青空が生まれた。
「……できた……」
頬に受ける陽光の温かさを感じながら、クラッコは透き通るような青空を見上げた。胸の奥で何かが込み上がり、自然と一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……素晴らしいお力でございます。これならば、雲の統治者としての役目を十二分に果たされることができましょう」
クラッコは涙をぬぐい、頷いた。
「それじゃあ、先代様に会いに行こうか」
先代にこのことを伝え、正式に引き継ぎをしなければならない。クラッコは歩きだし、ジュニアはその後に続いた。
「……あ、三つ目の質問だけど」
「はい」
「言葉遣い、なんだかおかしいよ」
丁寧すぎたり、敬語の使いどころを間違っている。言葉遣いについては散々勉強させられたので、その違和感はすぐに感じ取れた。
「それは、今までの統治者様からもよく指摘されました」
どこがおかしいのでございますか、とジュニアは尋ねてきたが、敬語の使い方を教えるのも面倒だったため、
「気にしなくていいよ、言葉遣いぐらい、おかしくてもいいから」
笑顔ではぐらかした。
* * *
先代の家はグレープガーデンと呼ばれる、雲の上の地域にあった。先代一人が暮らしているとは思えないほど大きな家の扉をノックすると、すぐに先代は現れた。
「待っていたぞ」
雲を晴らしたのはお前だな、という先代の言葉に、クラッコは笑顔で頷いた。
「……ジュニアも一緒か。久しぶりだな」
「ええ。貴方様がお力を発揮なさった時以来でございますね」
「相変わらず、馬鹿丁寧な言葉遣いだな」
「クラッコ様にも仰られました」
「敬語の使い方がおかしいのも、相変わらずだな。なあ?」
先代とクラッコは顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
「さて、統治者の引き継ぎだったな」
先代は家の中に入り、居間のソファにクラッコとジュニアを座らせた。先代は本棚の隙間から分厚い書類を取り出し、それを読み上げたが、
「まあ、こんなもんは適当に流し読みすればいい。というか、読まなくても仕事はできる」
「そんなもんなの?」
「天気の変え方も、どの雲をどう変えればいいかも、本能で分かるからな」
「そんな適当なもんなの?」
もっと複雑な思考が絡んでいると考えていただけに、肩透かしを食らったような気分だった。
「後は、統治者は代々この家に住むならわしになっている」
一人暮らしでも誰かと暮らしても構わないが、統治者は必ずここに住む。それは絶対的な決まりなのだと先代は説明した。
「絶対的な決まり、って言われると破りたくなるね」
クラッコが悪戯っぽく言うと、先代はくつくつと笑った。
「わしもそう思うよ。けどな、ここが一番仕事をしやすい環境なんだ」
ここからなら、全ての雲を感じることができる。他の場所だと力が及ばない場所が生まれてしまう。だから、ここで仕事をすれば移動する必要がなくて楽なのだ。先代の言葉にクラッコは苦笑しながらも納得した。
「どうする? 両親と一緒にここに住むか?」
クラッコは少し考えたが、首を横に振った。
「僕一人で住む」
「そうか。お前がそう望むなら、わしは何も言わんよ」
そうと決まったら引越しの準備をしてきなさい、と言われたが、クラッコはもう一度首を横に振った。
「向こうから持ってくる物は何もないから、今からここに住んでも大丈夫だよ」
私物も家にあることはあったが、わざわざここまで持ってくるほど重要なものでもなかった。クラッコの言葉に先代は目を見開いたが、その後すぐに笑った。
「突然の世代交代だな」
わしも新しい家は手配しているから今すぐ代わっても問題はないな、とクラッコの頭をぽんぽんと叩いた。
「ここまで早い引き継ぎも初めてじゃないか、ジュニア?」
「そうでございますね。小生、少しばかり驚いております」
先代は老人とは思えない軽快な足取りで玄関に向かい、
「では、後は任せたぞ」
あっという間に家から去った。
* * *
あまりにあっさりとした引き継ぎを終え、クラッコは晴れて雲の統治者となった。統治者となった次の日には両親が訪れ、一緒に住もうと提案してきたがクラッコはそれを断った。その後も何度か両親は訪れ、手紙も寄越してきたが全て適当にあしらった。
ある時、両親からの宅配便で小さな花壇が届いた。花壇の中には青々とした葉と、クラッコが長い間慣れ親しんだ桃色の花が咲いていた。宅配便と一緒に付いていた手紙は破り捨てたが、その花壇だけは軒先に置いた。久しぶりに見る桃色の花に、クラッコは目を細めた。
「お花でございますか」
クラッコが花に水をやっていると、ジュニアがどこからともなく現れた。クラッコが頷くと、ジュニアは真っ白な指先でそっと花を撫でた。
「アルストロメリアでございますね」
「……アルストロメリア?」
ジュニアの口から発された意味不明の言葉を、クラッコはオウム返しに呟いた。
「このお花のお名前でございます」
「……へえ、そんな名前だったんだ」
クラッコはアルストロメリアという名前を頭に刻みながら、この花にはとても世話になったことをぽつりぽつりと話した。ジュニアは言葉をはさむことなくじっとクラッコの話に耳を傾けていた。
クラッコの短いような、長いような話を聞き終えると、ジュニアは微笑みを浮かべた。
「クラッコ様をお支えになられるのに、このお花はぴったりでございますね」
「え?」
首をかしげるクラッコに、ジュニアは「このお花の花言葉はご存知でいらっしゃいますか」と言った。
「花言葉なんて、一つも知らないよ」
「アルストロメリアの花言葉は」
ジュニアは一旦言葉を切って、桃色の花を見つめた。
「未来への憧れ」
雲の統治者としての才能に恵まれなかったクラッコが、拠り所にしていた桃色の花。嬉しい時も、悲しい時も、どんな時もクラッコの傍で変わらず咲き続けていてくれた。
あまりに辛くて死んでしまおうかと思った時も、この花を見れば生きる気になれた。雲の統治者になって立派に生きる、そんな未来への憧れを、この花を見れば思い出せた。
アルストロメリア。未来への憧れ。
確かに、これ以上ないほどぴったりだ。クラッコは水滴にぬれた葉を撫でて、「ありがとう」と呟いた。
花の水やりを終え、立ち上がる。地平線に消えそうなほど遥か前方の雨雲に、先程から違和感を感じていた。天気の変え方も、どの雲を変えればいいかも本能で分かる。先代のその言葉に納得しながらクラッコは手を伸ばし、精一杯の感謝の意を込めて、叫んだ。
「晴れろ!」
雨雲は散り散りになって、陽光が差し込んだ。