アルストロメリア [1]

 むかしむかし、この星の空はいつもいつも雨もようでした。台風は木をなぎたおし、いたいほどの大雨がふりつづき、雷はいつもごろごろなっていました。
 ある日、一人のせいれいが「このままではいけない」と立ちあがり、ひとびとにこう言いました。
「わたしといっしょに、すてきな世界を作りましょう」
 ひとびとはさんせいし、せいれいは大きなおなかの女の人に自分の力を分けあたえました。
「生まれてくるこどもを、大事にしてくださいね」
 こどもが大きくなったら、また来ます。せいれいはそれだけ言って、くもの中へかえっていきました。

 それからしばらくたちました。
 女の人は一人のこどもを生みました。こどものあたまには小さなつのが二つはえていて、ひとびとはたいそうおどろきました。あの時のせいれいのしわざだろう。ひとびとはその子を大事にそだて、こどもはすくすくと大きくなりました。
 こどもが言葉をおぼえ、歩けるようになったころ、くもの中からあのせいれいがやって来ました。
「お久しぶりです。こどもをそだててくれて、ありがとうございます」
 せいれいはくわしいことは言わず、こどもの手をとってこう言いました。
「あのくもに向かって、「あばれるのはやめて」って言ってください」
 こどもはすなおに「あばれるのはやめて」と言いました。

 すると、雨をふらしていたくもはあっという間に大人しくなって、ただの白いくもになりました。
「ああ、よかった!」
 せいれいはとてもうれしそうに言いました。
「これから、わたしとこの子が力をあわせて、台風も雨も雷もとめてみせましょう!」
 こうして、「雲をすべるもの」がたんじょうしたのです。

 * * *

「――というわけだ、分かったかな?」
 「くものおはなし」と書かれた絵本を閉じ、老人は目の前に座る小さな子供に向けて笑いかけた。老人と同じく、白髪で一対の小さな角が生えているその子供は「よくわかんない」と欠伸を返した。
「まあそうだろうな、ただ、君はすごく特別な子だってことは分かっておいてくれよ」
 老人は子供の頭をくしゃくしゃと撫でるが、子供は「おかーさーん、トイレー」と少し離れたところで老人の話を聞いていた両親の元へ駆けていった。母親は足にしがみつく子供の頭を撫でる。
「あらあら、ちゃんと先代様のお話は聞いてたの?」
「んー、それなりに」
「もう、大事なお話なんだからちゃんと聞きなさい」
 母親は子供を足から引きはがし、トイレに行くように促した。子供は笑顔で頷いて、一人でトイレへ駆けていった。
 部屋には両親と老人だけが残り、父親は老人に向けて頭を下げた。
「……すみません、不真面目な子で」
「気にしないでくれ。私も幼い頃はあんな風だったよ」
「あの子は、立派な雲の統治者になれますか?」
 父親の問いに対し、老人は深く頷いた。
「なれる。あの角がその証だ」
 老人の確信に満ちた態度に、両親は揃って安堵のため息をついた。そこへトイレを済ませた子供が戻り、
「ぼくね、じょうずにおててあらえたよ!」
 自慢げに手の平を広げて見せた。
「まあ、えらいえらい!」
 母親は子供の頭を撫で、父親は目を細めた。

「……さて、それじゃあそろそろ試してみようか」
 老人は子供を呼び寄せ、そっと子供の手に触れた。
「いいかい、今から言う通りにやってみるんだよ」
 老人はごにょごにょと子供に耳打ちをし、子供は「うん、わかった」と元気に頷いた。
「……んー……」
 子供は両手を前に突きだし、真剣な面持ちで「はれろ!」と叫んだ。叫んだが、辺りに何の変化もなく、窓から見える空は曇ったままだった。老人は外の曇天を確認して、
「やっぱり、まだ無理か」
 子供と両親に向けて笑顔を見せた。両親は「まだまだ時間はありますものね」と笑顔を返し、子供も言葉の意味は分からないが笑顔を返した。
「それじゃあ、そろそろお家に帰る時間だな」
 老人がそう切り出すと、両親も「そうですね、今日はそろそろお暇しますね」と子供の手を取って玄関へ向かった。玄関まで見送りにきた老人に対し、
「せんだいさま、きょうはありがとうございました!」
 子供はたどたどしい言葉づかいで頭を下げた。老人も笑顔で頭を下げ、
「また、来週な」
 と手を振った。子供も手を振り返し、老人の家を後にした。

 自宅にて三人揃っての夕食を終え、三人に心地よい自由な時間が訪れた。父親は本を読み、母親は編み物をし、子供はクレヨンで絵を描いていた。子供の周りには沢山の紙が散乱しており、そのどれもがクレヨンで色鮮やかに彩られている。母親は編み物の手を止め、子供に話しかけた。
「ねえ、今はどんな絵を描いているの?」
「えっとね、こんなの」
 子供はクレヨンを置き、今しがた描き上げた絵を母親に見せた。
「まあ」
 それは両親と子供が雲に乗り、虹の上を飛んでいる絵だった。子供らしい可愛さと色づかいに母親は目を細め、ちらと絵に目をやった父親も口元を緩めた。
「あのね、ぼくね、「くものとーちしゃ」になっておかあさんとおとうさんとね、いっぱいたのしくしたいの」
 無邪気な笑顔を浮かべる子供に、母親はくしゃくしゃと頭を撫でてからぎゅっと抱きしめた。
「そうね、あなたならなれるわ。クラッコ」
 クラッコと呼ばれた子供は、母親の腕の中で「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。

 * * *

 クラッコが生まれた家は特筆することのない、至って平凡な家庭だった。クラッコが普通の子供であれば、人並みに育ち、人並みに様々な経験をし、人並みに幸せな人生を送っていただろう。……しかし、クラッコは「雲の統治者」として生まれてしまった。
 「雲の統治者」は遥か昔から綿々と続く不思議な制度で、一対の角を持って生まれたものはこの星の雲を統べ、天候を管理しなければならない。代々、統治者として生まれる者に関連性は無く、現在の統治者の寿命が近くなるとこの星のどこかで次代の統治者が生まれる。そのメカニズムは不明で、正体不明の気持ち悪さはあるものの、「雲の統治者」は完全にポップスターを支える制度の一つとなっていた。
 次代の統治者が生まれると、その赤子は徹底的な英才教育を施された。クラッコもその例に漏れず、物心ついた頃から様々な教育を受けた。人よりも若干飲み込みは遅いものの、クラッコは教えられたことを覚え、そして先代の統治者から雲を操ることについて教わっていた。

 そして十年あまりが経ち、クラッコは十五歳の少年となった。

 * * *

 曇天の下、クラッコは花壇の花に水をやっていた。お世辞にも大きいとは言えない花壇だが、その中では一部分に斑点模様がついた桃色の花が所狭しと咲き誇っている。水に濡れて輝く花びらを、クラッコはそっと撫でる。
 数年間、クラッコはこの花を育て続けていた。一人で街を散歩していたとき、偶然見かけたこの花にどうしようもなく惹かれてしまい、気づいたらその花を抱えて帰宅していた。花を抱えたクラッコを見て両親は驚いたが、すぐに花壇を用意して日がよく当たる場所にその花を植えてくれた。
 花の名前は何だったか。時折クラッコは花の名前を思い出そうとするが、長くて覚えづらい名前だった、ということしかいつも思い出せない。花屋に行って確認するのは、何だか負けを認めるようで気が進まなかった。
「……くもり、か」
 花から目を離して空を見上げた。灰色の空が、ずしりとクラッコにのしかかる。
 曇りの日は、先代の家に行って「確認」をしなければならない。何度も先代の家に通ううちに自然に出来たルールだが、クラッコは「確認」の事を考えると気が重くなった。
「今日こそは、晴れてほしいね」
 花は何も答えず、ただ風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。ひときわ強い風が吹くと同時に家の扉が開き、
「さあ、先代様のところへ行こう」
 クラッコに向かって父と母が固い笑顔を浮かべた。

「それでは、よろしくお願いします」
 クラッコは前方に立つ先代と両親に対して深くお辞儀をした。先代は無言で頷き、その視線は冷たかった。クラッコはその視線を引きちぎるように振り返り、窓の外に広がる曇天を睨みつけた。薄灰色の空は、雨こそ降りそうにないが陰鬱な空気を醸し出している。クラッコは両手を前に伸ばし、雲に語りかけるように小さく呟いた。
「晴れて下さい」
 心の底から、懇願するように呟くが、外の天気に変化は現れない。指先だけ微妙に動かしてみるが、それでも陰鬱な空気は変わらない。
「晴れて下さい」
 何度も何度も呟いた。何年、何回この言葉を呟いただろう。途方もない回数だが、それが報われたことは一度もなかった。
 先代は言った。心を込めて雲に語りかければ、雲は必ず応えてくれる。この二本の角が雲と対話する者、雲の統治者の絶対的な証であると。
「晴れて下さい」
 何故雲は応えてくれないのか。焦りで頭が熱くなり、目尻に涙がにじむ。クラッコはうわ言のように「晴れて下さい」を繰り返し呟いた。
「……もういい!」
 クラッコの呟きを断ち切るかのように、先代は大声を出した。その声でクラッコは我に帰り、先代の方へ向き直った。先代の眉間には険しい皺が刻まれており、怒っているのは一目見て分かった。
「十五になっても出来んとは、もうわしは面倒を見きれん」
 何故こんな事も出来んのだ、と先代は窓の外へ向かって手を伸ばした。その瞬間雲は割れ、清々しい青空が姿を見せた。
「……もう終わりだ、わしが死んだらこの星は未曾有の大災害に見舞われる」
 先代はクラッコを睨みつけ、踵を返した。
「お前のせいで多くの命が奪われる」
 ばたんと大きな音を立ててドアを閉め、先代は部屋を後にした。クラッコと両親だけ残された部屋で、クラッコは静かに膝をついた。
「……僕の、せい?」
 焦燥感や罪悪感がないまぜになった手で胸を鷲掴みにした。どくどくと速いペースで心臓が脈打っていた。目頭が熱くなり、冷えた手でそこを押さえた。それでも目頭は冷える気配を見せず、目尻にじわじわと涙がたまる。たまった涙があふれ出す直前、母親がクラッコの肩をぽんと叩いた。
「……あなたのせいじゃないわ」
「違う。僕ができないせいで、天気が滅茶苦茶になっちゃうんでしょ? 僕のせいだ」
「できるわ。クラッコなら、必ずできる。私はそう信じてるから」
 クラッコは母親の目を見ようともせず、その手を振り払って部屋を後にした。

 * * *

 母親の言葉にクラッコへの想いがないことは分かっていた。彼女は、息子が手にした「雲の統治者」という天運を逃したくないだけだ。息子が雲の統治者と言うだけで多くの人から尊敬を集め、何らかの利を得られる。両親にとってクラッコは棚から落ちてきた牡丹餅に過ぎず、彼に「子供」としての愛情を注ぐことはなかった。
(昔からそうだ)
 焦燥のこもった足取りで図書館に向かいながら、今までの事を思い出した。表面上はクラッコを大事そうにしていても、頭の中はクラッコに対する英才教育と雲の統治者としての訓練で一杯だった。教えられたことを習得した時は気持ち悪いほど褒めてくるが、クラッコが息抜きに絵を描いたり同年代の子供と話しているとそれとなく引き離し、勉強机に座らせた。お陰で十五になった今でも友人は一人もおらず、クラッコがよく知る人物は両親と先代しかいなかった。
 クラッコはもやもやとした気持ちを抱きながら図書館に辿り着き、真っ先に「雲の統治者に関する資料を見せて下さい」と頼んだ。
(十五になっても出来ない奴の面倒を見きれない)
 先程の先代の言葉が少し気になっていた。この言葉ぶりからすると十五歳には既に雲の統治者になっている、ということになる。しかし一般的には十五歳で仕事に就くのはかなり早い。十五歳の辺りで親元を離れて家事等の生活力をつけ、その数年後に仕事を始めるのが普通だ。
(雲の統治者は十五歳では遅いのか?)
 以前の雲の統治者達は、何歳頃に雲の統治者としての能力に目覚めたのだろう。クラッコは雲の統治者の役割は知っていても、今までの統治者達については何も知らなかった。
 クラッコは分厚い資料の束を受け取ると、手近な席に座って資料をめくりはじめた。

 資料の初めの方には雲の統治者の成り立ち、その役割について細々と書かれていた。全て知っていることだったが、改めて読み返すとその責任の重さに心がずしりと沈んだ。
 さらにページを繰って行くと、歴代の雲の統治者達のリストがあった。そこには統治者の名前、生年月日、統治者に就任した年、退役した年など記されていた。視力が落ちそうな程小さな文字の中、クラッコは生年月日と就任年に指を当てて注視していった。
(……確かに、若い)
 最初の数人をチェックしただけでその若さは分かった。しかし、統治者のリストはここから何ページも続いている。中には十五歳を超えてから統治者となった者もいるだろう。軽い気持ちでリストを一つ一つチェックしていった。
 多くの統治者達が十歳になるかならないかの辺りで統治者に就任しており、遅くても十二、三歳には統治者になっていた。ページを繰るにつれて、クラッコの心に不安が積もっていく。
(……まさか、一人ぐらいはいるはずだ)
 生年月日と就任年を押さえる指が震えた。最後のページにたどり着いても、十五歳近くで就任した人は一人もいない。
(ありえない。何故こんなに早く能力に目覚められるんだ)
 二本の指が、見慣れた名前の人物の生年月日と就任年を押さえた。その人物、先代が能力に目覚めたのは――
「…………」
 インクで刻まれた先代の名前の上に、涙が一滴落ちた。揺るぎようのない現実が、突きつけられた。

 * * *

 気がつけば、勉強机の前に座っていた。整然と片付いた机の前で、クラッコはただ何も考えずにいた。自分が今置かれている状況を深く考えようとすると、自然と呼吸が荒くなって涙が浮かんだ。
(考えちゃ駄目だ)
 クラッコは引き出しを開けて一枚の画用紙と色鉛筆を取り出した。昔はこんなものを持ってるところを見られたらさり気なく処分されたものだが、最近は見つかっても何も言われない。遊び道具を取りあげてまで教えることなどもう無いのだろう。
 色鉛筆を机の上にばらまき、そこから直感で色を選んで画用紙の上にその色を乗せていく。真っ白な画用紙が、クラッコが手を動かす度に色を変えていく。さらさらと画用紙に色が乗る音だけがクラッコの耳に響き、少しずつ心が真っ白になっていく。
 絵を描いている間は、何も考えないで済んだ。昔は人の顔や草花を描いていたが、最近はただ色を乗せただけの、絵とは言えないものを描いている。その方が、描いていて楽だった。
 ふっと意識を戻すと、画用紙は黄色や橙色に染まった紙に変わっていた。これ以上塗るところも見つからないので、クラッコはそれをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 もう一枚描く気分でもなかったため、ベッドに寝転んで頭に生えた一対の角をいじった。こんこんと叩いても痛みはなく、それどころか強く左右に引っ張ってみても痛くもないしびくともしない。いやに頑丈な角に、クラッコはため息をついた。
(どうして僕なんかに角が生えたんだろう)
 十五歳になっても統治者になれないような人間に角を授けた神様の心理が分からない。どう考えてももっと優秀な人に角をあげた方が良いではないか。何故こんな奴に角を授けたのか。
 そんなとりとめもないことを考えていると、母親の呼び声が聞こえた。時計を見ると夕飯時で、ああそうかもうこんな時間かとクラッコはベッドから起き上がった。
 あの両親と一緒に夕飯を共にするのは気が進まなかったが、クラッコは部屋を出て居間に向かった。

 * * *

 時が経つにつれて、絵を描く頻度が増えた。絵を描いている間だけは様々なしがらみを忘れ、自由でいられた。画用紙では物足りなくなり、最近ではキャンバスに油絵の具で描くようになった。部屋の片隅には色が乗せられただけのキャンバスが積み重なった。
 雲の統治者よりも、絵描きになりたい。クラッコがそう思うようになるまでさして時間はかからなかった。こんな絵とは言えない絵で絵描きになれるのかと言うと甚だ疑問なのだが、雲の統治者となるよりはよほど希望があった。

 クラッコが十八歳になる頃には、両親も最早何も言わなくなった。先代も既に匙を投げて、残り少ない任期を全うすることに集中していた。
 花壇には相変わらず桃色の花が咲き乱れていた。どんな事があっても、クラッコは花の世話を忘れなかった。何年もの間ずっとそこにいてくれる、それだけでクラッコはたまらなく花が愛おしかった。花だけはクラッコを否定しない。花だけは、ずっと傍にいてくれる。友達がいないクラッコにとって、花が唯一の理解者だった。

「……僕は、どうするべきだと思う?」
 ぱらぱらと雨が降る中、クラッコはしゃがみ込んで花に語りかけていた。クラッコの傘の中に花も入れてやり、雨に濡れることなく花はじっと咲いている。
 クラッコは曇天に向けて手を伸ばし、「晴れろ」と呟いてみる。心からの呟きだったが、空は一つも表情を変えず雨もぱらぱらと降り続いた。
「……雲の統治者になれないのなら、僕は何になれる?」
 幼い頃からずっと、雲の統治者になるための教育を受けてきた。つまり、雲の統治者以外の選択肢は与えられなかった。その唯一の選択肢が消えた今、何をすべきなのか分からなくなっていた。
「試験の答えを消去法で選んでいたら、全部の答えが消えた時のような気持ちだよ」
 試験なんかよりもずっとずっと大変なことだけどね、とクラッコは苦笑した。
「……贅沢を言っていいなら、僕は――」
 玄関の扉が開いた。クラッコが顔を上げるとそこにはしかめっ面をした父親が立っていた。
「そろそろ部屋に入りなさい。そんなところにずっといると風邪をひく」
「……うん、わかった」
 クラッコが立ち上がると、父親は踵を返して家に戻った。玄関の扉が閉じられる直前、クラッコは久しぶりに父親に向かって声をかけた。
「ねえ、父さん」
 父親は立ち止まり、クラッコの方を向いた。
「…………」
 はっきりと侮蔑の色が浮かんだ眼差しがクラッコを刺し貫く。
「……ううん、何でもない」
 クラッコが笑顔で首を振ると、父親は無言で玄関の扉を閉じた。
 自分以外誰もいないように感じられる静かな雨の中、クラッコはそっと花に向かって笑いかけた。
「やっぱり、絵描きになりたいなんてそうそう言えるもんじゃないね」

 * * *

 それからさらに数か月の時が経ち、桃色の花の咲く季節が終わろうとしていた。枯れた花だけを切り取りながら、クラッコはこれからのことについて考えていた。
 このままずるずると生活していてもどうにもならない。何らかの行動を起こさないと、絵描きになりたいと伝えないといけないのは分かっていた。
「どうしようかなあ……」
 枯れた花を全て切り取り終え、まだ咲いている花を優しく撫でた。草花独特の柔らかい感触に目を細め、そしてその感触に後押しされるように、決めた。
「……皆が咲き終わったら、言うよ」
 自分一人ではいつまでも言える気はしない。だから、誰かにタイミングを決めてもらうのが一番だった。クラッコは花をもう一度撫でてから、部屋に戻った。

 花が枯れたら言う。
 そう決めてしまえば気持ちは随分楽になった。事態は一つも変わっていないのに、自分を縛る一切のしがらみから逃れられた気分になった。
 クラッコは自室でキャンバスを用意し、パレットに鮮やかな桃色を乗せた。久しぶりに色だけではない「何か」を描こう。そう思い、あの花を描くことにした。思えば、あの花には随分助けられたのに、絵に描いたことは一度もなかった。
 キャンバスに色を乗せながら、クラッコは目を閉じた。桃色の花の絵を描く。そう考えるだけで楽しくて、溢れる笑顔を抑えることができなかった。

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