箱庭リベレイト 第二話「商機ここにあり」

「やぁーっと着いたー!」
 年に一度訪れるメタポルタの町並みは、相変わらずお祭り騒ぎのような浮かれたムードに包まれていた。
 普段は落ち着いた理知的な佇まいを見せているようだけど、この時期にしか来ないアタシにはどうしてもそんなイメージは湧かない。
 さて早いうちに出店許可証を買って、人の流れが良い場所を確保しなきゃならない。今日の売り上げの行方は場所取りによって決まると言っても過言じゃない。
「ねえねえルチル。ここ、なにかお祭りでもやってるんですか?」
 ラピスはきらきらした眼差しできょろきょろと忙しなく辺りを見回している。今にもどこかへ駆け出しそうで危なっかしい。とりあえず手を掴んでおいた。
「あんたはほんと世間知らずだな。魔道都市メタポルタって聞いたことねぇか?」
「めたぽるた? なんだか、おいしそうな響きですねえ」
 ラピスの反応にため息をついた。どこまでも世話が焼ける子だ。
 幸いにも出店許可証を買い求める商人の列は長く、説明の暇は十分にあった。

 魔道都市メタポルタ。
 その名の通り魔道研究に長けた街で、著名な魔導師や錬金術師が住まい、最新鋭の魔法は大抵ここから発表される。
 魔法使い達の憧れの地。世界中の街の中でもトップクラスの文化水準を誇る超有名都市だ。
 そんなメタポルタでは、年に一度「フェッセルン褒章」という有名な賞の授与式が開かれる。
 さる魔道の名家が創設した賞で、魔道の発展に大きく寄与した人物を称えるものらしい。受賞した者は一生遊んで暮らせるだけの富と名誉が得られるようだけど、その辺りはアタシには関係のない話だ。

「……じゃあ、どうしてここに来たんですか?」
「周りをよく見てみろ。どう思う?」
 ラピスは辺りをきょろきょろと見渡して「人がたくさんで、楽しいですねえ」と頬を緩めた。
「そ。授与式見たさに人が大勢やってくるんだ。人集まるところに商機あり」
 出店許可証の販売列は少しずつだが動いている。このペースだと場所取りも上手くいきそうだ。
「それに今年は噂の『天使様』もやってくるみたいだしな。これ以上ない書き入れ時ってやつだ」
「あっ、天使様は知ってますよ! とってもきれいな方なんですよねえ。見てみたいなあ」
「今日のノルマ達成したら見に行ってこいよ」
「そうします! よーし、やるぞー」
 ラピスは肩にひっかけていたリュートを構え、ふんふんと鼻息を荒くさせた。
 アタシは神様が本当にいるとも、天使が本当にいるとも思っていない。でも、世間の話題を一瞬にしてかっさらった「天使様」がこの授与式に来るのは諸手を挙げて歓迎したい。これ以上ない客寄せだ!

 * * *

 そこそこ大きな通りの一角に所定の敷物をし、その上に商品を並べて行く。一等地は流石に無理だったが、ここでも十分元が取れる。
 並べ終えた商品と値札を一通り確認をした。品質に問題はなく、これなら胸を張って売り出せる。
 周りを見ると、準備を終えた露天商は早速商売を始めていた。アタシの隣にいた露天商はまだ準備が終わっていないのか売る気がないのか、がらくたのようなものを並べて黙って座っていた。
「ラピス、準備はできてるか」
「バッチリですよ!」
 ラピスはルチルの隣に立ち、リュートを鳴らし始めた。奏でられるのは単純で軽快なメロディの繰り返しに過ぎず、少し練習すれば誰にでも弾ける程度のものだ。
 その伴奏に合わせてラピスは陽気な歌を歌いだす。どこか懐かしい歌詞を透き通った声で真っ直ぐに歌う。
 大した技巧も必要ない、朴訥とした泥臭い歌だ。世間の流行りの真逆を行っているけれど、アタシはラピスの歌が好きだし、足を止めてくれる人も多い。

 ラピスとは半年前に知り合って、それからずっと一緒に行商をしている。正確に言えばラピスが客寄せ、アタシが商売の役割分担だ。
 知り合った当時からラピスは吟遊詩人として路銀を稼いでいて、年齢にしては良い腕前を持っていた。本人は「お父さんとお母さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんと、それとあちこちで知り合った親切な人にいっぱい教えてもらいました」と言っていて、アタシもそれ以上詮索はしなかった。過程なんてどうでもよくて、こいつを上手く引き入れて客寄せに使えないかどうかが一番重要だった。
 勧誘は拍子抜けするほど上手くいって、客寄せとしてよく働いてくれている。というか、ラピスにとってはただ楽しく歌っているだけで働いているという意識がない。衣食住さえ確保してやれば満足するんだから、とんでもないお人よしの優良物件だ。

 通りを歩く人々の大半はラピスの歌声に顔を向ける。そのうち何割かは足を止め、商品を目にする。興味を持った人がいればすかさず売り込みに入る。それだけの単純な商法だ。そしてこれが案外うまくいく。特に今回は人通りが多かった為、今日のノルマを達成するのも早かった。明日の分も出してみると半分くらいは売れた。
「ありがとうございます!」
 一旦人だかりが出来てしまえば、ラピスはキリのいいところで歌を切り上げて会計の手伝いに回る。彼女のほわほわとした愛らしさはアタシにはないもので、それもまた商売の役に立った。彼女の無邪気な笑顔に客も笑顔を浮かべ、アタシも売上を指折り数えて笑顔を浮かべる。
 ラピスが来てからの商売の調子は実に良い。絶好調だ。こいつは幸運の女神なんじゃないかと思うこともある。

「よし、今日はこれで店じまいだ。ラピスは……」
「あちこち散歩してきていいですか!」
「おう。暗くなる前に宿に帰ってこいよ」
 ラピスはわあいと飛び跳ねて、鼻歌を歌いながら人ごみの中へと紛れ込んで行った。
 アタシもちゃっちゃと片付けてうまい飯屋でも探すかな。
 敷物の上にわずかに残った商品を鞄に詰め込み、まだ高い空を見る。日暮れまでまだまだ余裕はありそうだ。
「おっと」
 商品がひとつ手からこぼれ落ちて、隣の商人のエリアに転がりこんでしまった。
「悪ぃ」
 軽く頭を下げた所で、隣の商人が転がり込んできたものを興味深そうに見つめていることに気付いた。
「あんた、これが気になんのか?」
「ええ」
 黒い前髪を長く伸ばして地味な色合いのフードを被った怪しい男は、その怪しさとは裏腹に素直に頷いた。
「これは何ですか?」
「召喚石。精霊に優しい呼び出しタイプだ」
「召喚石? 呼び出しタイプ?」
 フードの男はアタシの言葉をオウム返しのように呟いて「聞いたことがありません」と続けた。
「マジかよ。仕方ねーなこのルチル様が教えてやらぁ」
 手は空いているしこの男も暇そうだ。そういやこいつの名前は何なんだと尋ねてみたら「ワタシですか? タガリ、です」とぼそぼそと覇気のない答えが返ってきた。
「よーしタガリ。耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ」
 アタシは取り落とした商品――召喚石を拾い上げ、軽く掲げて見せた。

「まず、アタシが取り扱う商品は魔石と召喚石。魔石が何かは流石に知ってるよな?」
「それくらいなら」
 とタガリは自分の店に並べているものをちらりと見た。アタシもそっちを見てみると、よくわからないガラクタのようなものがごちゃごちゃと並んでいる。
 その品揃えからして、タガリはたぶん錬金術師だ。魔石を基軸にして便利な道具を作る職ならば、説明は不要だろう。
「魔力を貯める、呪文を記憶する、あるいはその両方の性質を有する石」
「教科書通りって感じの答えだな。うん、正解」
「錬金術師のはしくれですから」
 魔石は決して珍しいものではない。ほんの少し自然豊かな所へ向かえばざくざく見つかるものだ。一流の魔導師なら何もない所から魔石を生み出すことすら出来る。
 よって単価は高くないが、その汎用性から需要は極めて安定している。仕入れておけばコンスタントに利益を上げてくれる優秀な商品だ。
「……で、召喚石ってのは魔石を加工したやつだ。こいつを使えばいつでもどこでも召喚魔法が使える便利グッズ」
「召喚に必要な呪文を記憶した魔石、というわけですか?」
「そだな。アタシが扱ってるのは平たく言えばそんな感じ。石を砕けば中に入ってる魔力を元に呪文が発動、精霊がやってくるって寸法だ」
 もともと精霊が住んでいる地域から呼び寄せるのだから発現には少しタイムラグがあるのが難点だ。しかし、現れた精霊の力は他のものと比べ物にならない。
「アタシがさっき言った呼び出しタイプってのはそういうやつだ」
「……では、これ以外にも種類があると?」
「おう。閉じ込めタイプってのがあって……これはまあ、言葉のまんまだな」
 魔石の内部に精霊の一部を閉じ込め、石を砕いて開放することでその場に精霊を呼び出すタイプだ。今現在、市場に流通している召喚石の大半はこれだけど、アタシは好きじゃなかった。
「……では、なぜアナタは呼び出しタイプ、とやらを使っているのです?」
「はぁ? そんなもん決まってんだろ。狭い石の中に閉じ込めたらかわいそうじゃねーか」
 これでも召喚士兼商人として世界を渡り歩いている身だ。石の中に閉じ込める術くらいは心得ているし、その方が精霊と交渉せずに済むから手間がかからないことも知っている。
 それでも精霊と話をして、石を割った人の所まで行って手助けをしてやってくれと頼むのは、石の中に閉じ込められた精霊の心境を思うと当然のことだ。
「アナタはいい人ですね」
 アタシの話を聞いていたタガリはその一言をこぼすと、興味を失ったのか自分の出店の方に体を向けた。

 タガリの店にはやはりがらくたとしか思えない道具の数々が転がっている。天秤、コップ、ナイフ、鳥籠、ボウル、歯車……どこでも手に入りそうな品々に、申し訳程度の魔石がはめ込まれている。
「タガリ。あんたのそれ、売れんのか?」
「寝食が保証される程度には」
「ふーん」
 アタシは手近にあったボウルをなんとなく取って、じっくりと観察してみた。見れば見るほどどこにでもある安物の小さなボウルで、底面に埋め込まれた魔石が青く輝いていた。
「これで乞食した方が稼げるんじゃねーの」
「それは無理ですよ」
 タガリは無造作に土を掴み、ボウルの中に放り込んだ。
「ワタシだって無駄に苦しい目には遭いたくない」
 ボウルが一瞬だけ輝き、そこに入っていた土はみるみるうちに黒く変色し、どろどろとした何かに変わってしまった。頭の悪いアタシにも分かる――土が変色して出来上がったこれは、毒だ。
「一滴でも飲めば、体内から腐って死にます。苦しい割にそれだけなので大した価値はありません」
「し、し、し、し、死ぬ? これ一滴で?」
 思わずボウルを取り落してしまったが、タガリがそれをすかさずキャッチして荷物の横に置いていた壺にボウルの中身を注ぎ込んだ。
「あんた、なんてものを作ってんだ! そんな危ないもの売るとか正気かよ!」
「……危ない? どこがですか? ただ死ぬだけですよ?」
 タガリは心底不思議そうに首を傾げた。
「良いことではないですか。こいつの場合、じわじわと苦しめられるのが難ですが」
「良いこと、だと……?」
 ふざけるな、と掴みかかろうとしたアタシの手は、タガリの店の前に立つ青年の姿を認めると止まった。反射的に「らっしゃい」と言ってしまうのは商人の悲しいサガだ。
「……これらの商品は、すべてあなたが?」
 青年はしゃがみこみ、落ち窪んだ目で店先に並ぶ数々のがらくたをじっと見つめている。ぼさぼさのフケだらけの髪に無精ひげ、服の裾はほつれていて骨と皮だけのやせっぽちの体。研究に没頭している魔法使いは時折これに似た様相になるが、らんらんと輝く眼差しは「彼は異質だ」と訴えていた。
「この天秤は? このコップは? この鳥籠は?」
 青年は矢継ぎ早に質問をぶつけ、タガリはひとつひとつに物騒な返事を返した。天秤はより毒性が強いものを選ぶ、コップは注いだ水を死ぬまで眠り続ける毒に変える、鳥籠は中に入れた生物を凶暴化させ主人を襲わせる。よくもまあこれだけ陰惨な商品をバリエーション豊かに揃えたものだ。
 その発想もさることながら、全てがタガリの手で作られたものならば、彼の錬金術師としての腕前は超一流だ。青年もそれを感じているのだろう、本当にタガリが作ったものかどうかを何度も何度も尋ねていた。
 タガリは得意になることも謙遜することもなく、ただ淡々と質問に答えていた。全てワタシが作ったものであり、長年の研究の結果身につけた技術の結晶。誰でも時間をかければこれぐらいのことはできるようになる、と。
「……時間をかければ、だと?」
 青年の眉がピクリと動いた。
「あんたと俺は年はそう変わんねえよな? どの口がんなこと言うんだ? 俺を馬鹿にしてんのか? 俺が、どれだけ頑張って、どれだけ犠牲を払って、どれだけ血反吐を吐いて……なのに、なのに!」
 青年は震える手で商品のナイフを掴む。青年の異様な雰囲気にアタシは思わず身を引いたけど、タガリは微動だにせず青年をじっと見ていた。
「笑えよ! 契約までして、捨てられるものは全部捨てて、今日の為に生きてきたのに、ぽっと出の期待の新人だか何だかに賞を取られて、マジで台無し。しかも小汚い露天商が俺より才能があって、しかも、誰でも出来るとかぬかしやがって」
 青年の目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。それでもタガリは動じずに「事実を述べたまでです」と答えた。
「ちく……しょう……畜生畜生畜生畜生畜生ちくしょうちくしょうちくしょう」
 青年はうわごとのように繰り返し呟き、ナイフを両手で握りしめた。
「あああぁああぁあぁぁぁああぁぁあッ!」
 アタシが止める間もなく、青年の持つナイフはタガリの胸に突き立てられた。
 青年は弾かれたかのようにナイフから手を離し、わあわあと叫び声をあげながらどこかへ走り去ってしまう。一瞬の静寂ののち、辺りは異質なざわめきに包まれた。
「タガリ?」
 タガリの様子を見る。仰向けに倒れた彼の胸にはナイフが突き刺さっており、どくどくと血が流れ出していた。首筋を触ると、何の脈動も感じられなかった。反射的に抜いたナイフは、真っ赤な血に濡れていた。

「……嘘だろ?」
 旅の途中で死体を見たことはある。弔ったこともある。
 けれど、人が殺される瞬間を見るのは初めてのことだった。
「だ、誰か――」
 誰か医術士を呼んでくれ。そう叫ぼうとしたアタシの手を、何者かががっしりと掴んだ。
 恐る恐る目をやると、そこには、倒れたままアタシの手を掴むタガリの姿があった。
「…………」
 タガリはアタシの顔をじろじろと見ていたかと思うと、むくりと立ち上がってそそくさと荷物をまとめ始めた。
「は? え……タガリ? ナイフの傷は?」
「……ドッキリでしたー」
 抑揚のない声で、周りにも聞こえるようにタガリは言った。周囲の緊張した空気は困惑した空気に変わり、やがて各々の商売に戻って行く。死人が出れば一大事だが、タガリはこうして生きている。騒ぐだけ無駄だってことはアタシだって分かってる。
 それでも、アタシは「ドッキリ」に納得がいかなかった。
 手早く、乱雑に荷物をまとめたタガリはのっそりと立ち上がって歩き始める。アタシも残りの荷物をまとめてそれを追った。
「……何か?」
「何かもクソもあるかよ。何だったんだよさっきのは。ドッキリって言うには地味すぎるし、それに、アタシはあんたの脈が止まったのも確認した。あの時確かに、あんたは死んでた」
「死んでた、ですか……」
 タガリは大きくため息をついた。
「アナタが誰か存じ上げませんがね、そう簡単に死ねたらワタシはここまで苦労してないんですよ」
「は?」
 アタシのことを知らない? 死ねたら苦労しない? 何を言っているんだこいつは。アタシの疑問に気づかない様子でタガリは独り言をつぶやきながらのそのそと歩いていく。
「まあナイフだっただけマシと言うべきでしょうか。ボウルの毒よりずっと楽で、良心的です」
「お、おい、タガリ……?」
「……あー、アナタ、もしかして、ワタシと面識があります? ワタシの体質に興味があるのは分かりますが、ワタシに執着したって骨折り損のくたびれ儲けってやつですよ」
 体質?
「身なりからして、商人ですか。さしずめ不死のわざをものにして一攫千金でも狙おうって魂胆ですか。諦めてください。不死鳥の血がどこにあるかなんてワタシも知らない。ワタシをどれだけバラバラにして調べ上げても何も分からない。ワタシが何百年かけても分からなかったことがアナタに分かるはずもない」
 タガリはアタシの方を見ずに一人でぶつぶつとまくし立てている。とんでもないことを言っているが、さっきの事件を考えるとタガリの「体質」に現実味はあった。
「えーと、タガリ。ひとつ確認させてくれ」
「何です」
「……あんた、いわゆる不老不死ってやつ?」
 タガリは足を止め、アタシの方を向いてはっきりと頷いた。

「ワタシは死を求めて彷徨う愚かな不死者、タガリと申します」

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