箱庭リベレイト 第七話「精霊と信仰について」

「ワタシは死を求めて彷徨う愚かな不死者、タガリと申します」

 目の前の男、タガリははっきりとそう言った。
 アタシも目の前で起きたことを頭ごなしに否定するほどバカじゃない。けれども、絵空事と思われていた不老不死を目の当たりにすると、どうしても戸惑いが生まれてしまう。
「……マジ?」
「信じないのならばそれで結構です」
 タガリはアタシの方を見ずに呟いて歩いて行く。商売道具を背負っていることを差し引いても歩くペースは遅くて、どこかに向かっているわけではないように感じられた。
「いやー、突拍子もねぇことだなって思うけどよ、実際あんたが死んで生き返るところは見ちまったし。信じるよ」
 タガリと歩調を合わせる。今日の商売はいい感じに終わったし、時間には余裕がある。
「そうですか」
「な、な。じゃあさ、アタシと組んで一儲けしねぇ? 暇してんだろ?」
「アナタと組む価値を感じません」
「つれねーこと言うなって。アタシの召喚術とあんたの錬金術、それとおまけの不死。それが組み合わさったらもーガッポガッポのウッハウッハよ」
 前に立ちふさがって笑顔を浮かべたけど、タガリは「はあ」とおざなりな返事でアタシを避けて歩みを進めた。
「錬金術でちょーっと力を貸してくれるだけで良い。別にさ、あんたを見世物にするとかそういうつもりはねーよ」
「それはありがたいことです」
 タガリはふと足を止めてアタシに目を向けた。長い髪の向こう側には虚ろな目が潜んでいる。
「それでアナタに協力してワタシに何かメリットが?」
「稼ぎは折半。カネはガッポリ腹いっぱい。一人より三人……あ、アタシの他にラピスって言う子がいんの。で、三人の方が暇は潰しやすい」
「餓死は嫌ですね」
「だろ? アタシと一緒なら、その辺の心配は無用。商売に関しては多分あんたより詳しい。あんた、適当に露店して適当に日銭稼いでるだけだろ」
「無意味な死を避ける分が稼げたらいいので」
「勿体ねぇな!」
 タガリの錬金術の腕は素人のアタシから見ても抜きんでている。それを日銭稼ぎにしか使わないなんて! とんでもない原石を見つけたもんだ。
「アタシと一緒に商売したら普段より何倍も稼げる。価格設定だって三倍くらい吊り上げても釣りが出るくらいだ」
「はあ」
 タガリの視線はちらりと自身の荷物に注がれる。それがとんでもない宝の山だという自覚はあるのだろうか? いや、さすがにその兵器群を売らせるつもりはないけど、それを作れるほどの腕前なら他にもっといいものが作れるはずだ。

「それで?」

 アタシの熱弁を聞いて、タガリは冷めた一言を放った。
「……は?」
「ですから金を稼いでそれでどうするんです」
「んなもん決まってんだろ。もっといい商品を買って、新しい服とか道具とか買って、色んなところに行って、今以上にジャンジャンバリバリ商売してもっともっと稼ぐんだ」
「稼いで稼いで稼いで稼いで」
 タガリは口に手を添えることもせず大きく欠伸をした。
「それが何になると言うのですか」
「何でも好きなことができる。贅沢だってし放題。最高じゃねーか」
「豪華な家に住むとかドレスを着るとか一流の食事をとるとか美形をはべらせて肉欲の限りを尽くすとかですか」
「……ん、まあ、そうだな。最後のはその人によるというかアタシはそんなうん」
「なるほどわかりました」
 タガリはアタシから目を逸らして歩き出す。
「待て待て待て!」
 腕を掴む。ぼろい服越しでもこいつの腕が恐ろしく細く貧弱だと分かる。
「あんたが金に興味がねぇのは分かった。じゃあこれはどうだ?」
 空いた手で荷物をあさり、召喚石を一つ出した。
「それは?」
「召喚石だよ。さっき説明しただろ」
「さっきと言われましても」
「んだよもう忘れちまったのか。これで精霊を呼ぶんだよ」
 召喚石を地面に叩きつける。石はあっけなく砕け、その中から柔らかな光が立ち昇る。
「これが発信機みたいなもんで、気付いた精霊がやってくるんだ」
「……あー。そういえば、呼び出すとか閉じ込めとか、どこかで聞いたような」
「アタシがさっき説明したやつだよ!」
「はあそうですか。死ぬと記憶があやふやになってしまうもので」
「なんだそりゃ。めんどくせーな」
 不老不死にも欠点はあるもんだ。見上げると輝きを放つ鳥がこちらに向かって真っすぐ飛んできていた。アタシが手を伸ばすとその鳥は指先に止まる。
「それが精霊ですか」
「そ。ここからちょっと北の小さい村で会ったやつ。口伝の民話だったかな、それが元だよ」
 光る鳥は一切の重さを感じさせない。触れようとしてもたやすくすり抜けてしまうが、陽だまりのような温かさがある。
「口伝の民話が元?」
 タガリも精霊に興味を示したのか、しげしげと無遠慮な視線を投げかけている。
「夜道で迷った子供の前に現れて、その光で道を照らして、そのぬくもりで子供を落ち着かせて、家まで送り届ける。そういう話。だからこいつもそういうのが得意ってわけ」
「おとぎ話の存在が実在するのですか」
「実在するっつーか、実現したっつーか」
 どこから話せばいいものか。最初に話した感じだと召喚術について疎そうだったから、丁寧に解説してやるべきか。
「魔法はさ、何がしたいかがはっきりしてるだろ。なんとなく魔法使いたいなーってやっても何にもならねえ。そこにはこうさ、目的意識? があるだろ」
「魔法は我々が意図的に引き起こす魔素反応の集積ですね」
「そういう小難しいのはやめろ分からん。……でさ、つまり魔法は目的があって成り立つ。じゃあ信仰は? あれもそれぞれが信じるものに対して祈りを捧げてるだろ」
 祈りの捧げ方は信仰のあり方によって違う。それでも、祈る時の想いの本質は似通っている。
「つまりあなたは祈りも魔素反応を引き起こしうると」
「んー……ま、まあそんな感じ? 一人一人は小さな祈りでも、それが積み重なって出来上がったもの。それが精霊。人でもなければ魔族でもない、祈りの体現、みたいな」
「ゴーレムみたいなものですか」
 魔法で行動を規定して無機物を動かす。精霊と比べるとあまりにも単純だが、魔法から生まれたという意味では同じかもしれない。タガリの言葉に頷いた。
「ゴーレムは人が『ゴーレムを作りたい』から生まれるけど、精霊は『精霊を作りたい』みたいな意思じゃなくて、純粋な祈りから生まれる。そういう所はちょっと違うけどな」
「意図的かそうでないかの違いはあれどこれも人間の意志から生まれた存在というわけですね」
 タガリは光る鳥を手でぱたぱたと扇いだ。わずかな風にも揺らぐそれは極めてあやふやな存在だけど、確かにここにいる。
「アタシは行商しながらご当地精霊とダチになって、招集がかかったらそこに行って手伝ってくれって頼んでるわけ」
「ふうん」
 タガリは光る鳥をしげしげと眺めながら気のない返事を返した。

「あんたはさ、錬金術師だろ。そういう物騒なやつ以外で作れるのってある?」
「大抵のものは」
「じゃあさ、もっと皆が喜んでくれるようないいやつ作ろうぜ」
「皆が喜んでくれるようなやつねえ」
 盛大なため息をつく。
「たかだか五十年程度で死ぬ人に喜ばれても全く嬉しくありません。ワタシはワタシを完璧に殺しうる毒の完成でしか喜べません」
 こんな出来そこないの道具でも日銭を稼げる程度に買い手がつくのは良いことですが。タガリはそう言って荷物を揺らす。
「……タガリってさ、何歳?」
「少なくとも文明発生以降」
「適当すぎだろ」
「自分の年齢なんて覚える価値もありません」
 何とも投げやりな答えを貰ったけれど、五十年をたかだかと言い切り、死ぬことしか考えられないくらいの年月は過ごしているのだろう。
 ともかくこいつをどうやってアタシと協力させるか。無い頭を捻っていると、聞き覚えのある歌声が耳に入ってきた。
「……んん?」
 あたりをきょろきょろと見渡す。道の先、町はずれに小さな人だかりが出来ていた。そこから聞こえるのは間違いなく――
「あの野郎!」
 タガリの腕を掴み、人だかりに向けて歩いて行った。タガリは何の抵抗もせず引きずられていた。大の男が良いのかそれで。こっちは楽でいいけど。

 * * *

 案の定、人だかりの中心にはラピスの姿があった。その隣にはどこかで見たような赤毛の少年。足元には投げ銭用の籠も無く、本当にただ歌っているだけだ。
「ラピス!」
「ルチル!」
 人混みをかき分けて二人の前に立つ。ラピスは弾き語りを止めてぱっと顔を輝かせた。
「籠も用意しないで歌うなっつってるだろ! あんたの歌はタダで聞かせていいやつじゃねーんだ!」
「こうして歌ってたら気付いてくれるって思ってました。すぐ来てくれて嬉しいです」
「人の話を聞け」
「歌が途中までだったから、もうちょっとだけ歌いますね!」
「だから人の話を」
 アタシの言葉を綺麗に無視してラピスは続きを歌い始めた。聴衆の視線が突き刺さり、仕方なくラピスの隣に立って歌が終わるのを待つ。とりあえず足元には投げ銭用の籠を置いた。

 歌が終わり、ラピスがぺこりと一礼をすると聴衆からは温かい拍手が起きた。投げ銭もいくらか籠に入る。商人みたいな恰好をした奴がラピスに声をかけようとしていたけど、アタシが睨みつけるとすごすごと帰って行った。
 人が掃けて、残ったのはラピスとアタシとタガリと赤毛の少年だけになる。
「……で、何で歌ってたんだ」
「吸血鬼さんを探すためです!」
「……えーと、吸血鬼さん? で、何でアタシ?」
「リッカが吸血鬼さん探してるからです!」
「……うん、分からん。最初から順を追って説明してくれ。それとあんた」
 赤毛の少年を指差す。やっぱりどこかで見たことのある顔だ。
「リッカ、だっけ? どっかでアタシの商品買ったことある?」
「え。ああ、あるよ。防護魔法と閃光魔法が入った護身用のやつをあんたに買わされた。タンタルで」
「んー……あ、思い出した思い出した。魔王と一緒に買い物してたやつだな! デートは楽しかったか?」
「誰があんな野郎とデートするか! デートするなら――」
 リッカはぐっと言葉に詰まる。その視線の先にはラピスがいた。当のラピスは籠を抱え上げて投げ銭を種類別に揃えている。
「……ほーう?」
「ベべべ別にそんなんじゃねーし!」
「アタシは何も言ってねえけど? 何が『別にそんなんじゃない』なんだろうねえ」
 リッカは耳まで赤くして剣に手をかける。気が短いやつだ。
「……と、脱線はここらへんにしといて、あんたら最初から説明してくれ。あとタガリは帰ろうとすんな」
 タガリの腕は掴んでおいた。

 二人の話を聞いてみると、まずラピスはアタシと別れた後しばらく散歩に勤しみ、飽きたから宿に帰ろうとした。ところが迷子になってしまってどこに向かえば分からない。だから通りがかりの人に道を聞いてみたところ、なんとそれがアメティストと名乗る吸血鬼だった。
 彼は腹が減っているようで、宿を探す代わりに血を寄越せと言ってきた。吸血鬼に血を寄越すなんてとんでもないことだけど、ラピスはその話を受けた。つくづく思うがこいつは本当に危なっかしい。
 アメティストはラピスを自前の棺桶に閉じ込め、宿を探していた――と思いたい。リッカがそのアメティストと会ったのが路地裏っていう時点で疑わしくはあるけど。
 ともかく、リッカはリッカでアメティストを探していたらしく、彼を見つけて追い詰めるも逃げられてしまった。その時棺桶からラピスが出てきて二人はそこで出会った。
「……それで、リッカのお手伝いをするのです!」
 ラピスはふんふんと鼻息を荒くしている。
「うーん……」
 リッカをちらりと見る。口を半開きにしてラピスの方を見ている。アホ面丸出しだ。
「ま、あんたがラピスを助けてくれたのは確かだ。いいよ。手伝ってやる」
「ほんとですか!」
 きゃあっ、とラピスは飛び跳ねてアタシに抱きついた。ふかふかでかすかに獣臭さがある。嫌いじゃない。
「というわけでタガリ、なんかそういう道具ない?」
「は? あるわけないでしょう」
 タガリは嫌そうに口元を歪めた。毒物兵器満載だろうからあんまりあてにしてなかったけど予想通り。
「そっちのヒトは、えっと、タガリって言うんです?」
「そーそー。ついさっきスカウトした凄腕錬金術師。召喚術と錬金術の合わせ技で金がガッポガッポ」
「誰がいつスカウトされたんですか」
 心底嫌そうな声だけど、振り払って逃げようともしない。脈なしではないだろう。
「えっと、ラピスっていいます。これからよろしくおねがいします!」
 ラピスが手を取って無理矢理握手してもされるがままだ。
「さて、こいつ一人じゃ力不足だろうし……」
 召喚したままの光る鳥を肩に乗せ、新たに呪文を唱える。精霊は足が速い。タイムラグがあるとはいえここまでやってくるのはすぐだろう。
「アメティストとかいうやつがどんな見てくれなのか教えてくれ。じゃないと探せるもんも探せねえ」
「えーっと、白い髪と赤い目で、背中に棺桶を背負ってて――」
 リッカの説明を頭に叩き込んでイメージする。今更ながら棺桶を背負ってるってどういうことだ。
 ほどなくして風を纏った半透明の犬がアタシの足元まで駆けてきた。頭のあたりを撫でてやるとぱたぱたと尻尾を振る。
「精霊って初めて見る」
 リッカは光の鳥と風の犬、両方をしげしげと眺めている。
「召喚術はどうしてもマイナーだからなあ」
 精霊達にアメティストの外見を伝え、彼を探すように頼む。二体の精霊は小さく頷いてその場から弾けて消えた。
「……これでよし。あいつらもやってくれるけど、アタシらも怪しいところを見繕って捜すとするか」
 人探し程度のことは自分達も足を動かさないと、精霊をこき使って楽をしているようであまり印象はよくない。改めて考えてみると手間が多くて召喚術士が少ない理由がよく分かる。
 それでもまあ、アタシは変わったやつらとダチになれる召喚術は嫌いじゃない。
「歌いながら歩いたら吸血鬼さん出てきませんか?」
「それで釣られるのは余程のバカだ」
 ラピスの思い付きを却下して、吸血鬼探しを開始した。

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