ハネモノ 第二十三話「日記・一」
一五〇〇年 白羊月 一日
今日、村長よりこの冊子を授かった。この光栄且つ重要な役割を命ぜられたことに喜びを感じる。
書くべきことは山のようにあるが、まずは我々とこの冊子の意義について記すべきだと命ぜられた為、今日はその事について記す。
我々が住む村は大陸の北東部、針葉樹林の中に存在する。特殊な魔法陣を張り、外部からはその存在を知覚出来ないようにしている為人の往来はない。農業と狩猟、そして数名が外の世界へ赴いて様々な物資を入手して生活している。
村に名前は無い。我々はこの地に永住するのではなく、一時的に身を隠しているだけだ。そのような場所に名は必要ない。外の世界に赴く者の為に仮の名は付けられているらしいが、研究が担当である私には知る由も無い。
我々はここより北に存在する孤島の民である。孤島に住んでいたのは気が遠くなるほど昔の話で、私が生まれた頃には既に皆がこの村に住んでいた。そして、皆が一つの目標を抱いていた。
かつて、孤島には想像を絶する高度な文明が栄えていた。
我々の祖先は孤島を拠点として北方で繁栄を謳歌していたが、同時期に南の果てで同程度の文明を持った者達がいた。
彼らはやがて争いを始め、長い戦いの末に我々が勝利した。しかし、戦いの消耗は激しいものだった。回復が不可能なほどに。
ゆるゆると我々の祖先が築き上げた文明は力を失い、やがて孤島で生活を維持する事が困難になった。
我々の祖先は孤島の文明を封印し、この大陸のこの地に移り、文明を回復させる術を模索し続けた。
文明を回復させる――その目的を胸に秘め、連綿と受け継がれてきたそのバトンは今我々の手にある。
村長の話では村の人口は減る一方で、私か私の次の代が村長になる頃がこの村の最期らしい。
しかし、それでも十分に間に合う程度に情報と必要なパーツは揃っている。パーツに必要な素材の入手に関しては、原始人の文明が我々の祖先が繁栄していた頃に比べて飛躍的に発展した事が大きいだろう。そして原始人の文明の発展は、我々が必要な物資を得る為に情報を切り売りしていた事が大いに影響しているのだろう。
我々の目的は北の孤島に封印された文明を復活させ、再び繁栄する事である。
この冊子は繁栄に至るまでの記憶を語り継ぐ為の草稿である。無事繁栄を果たした暁には、この草稿を元に一冊の本を作る予定だ。
だが、基本的にこれが後世に残る本の草稿である事は意識せず、日記のように使ってくれて構わないと村長から命を受けている。その為随所に私情が挟まる恐れもあるが、本に起こす際はそのような箇所は省いて構わない。
客観性を高める為、私以外に数名が同じような冊子を持っているだろう。彼らの記録と照らし合わせ、有効に活用して欲しい。
ところで、私のことを語る必要はあるのだろうか?
文明の復活に主眼を置く本の主旨を鑑みれば不要であるが、現在の生活を伝えるためには必要かもしれない。情報は有ればあるほど良い。不要な情報は後で捨てるまで。
しかし今日は既に日が落ちた。これ以上明かりの燃料を無駄にするわけにはいかない。明日は我々の生活について詳しく記すとして、今日は筆を置く。
* * *
一五〇一年 獅子月 七日
この日記を付け始めて一年と数ヶ月が経つ。今まで様々な事があり、その全てを私が知る限り記してきたが、今日ほど筆舌に尽くしがたい日は無い。
私がこの文章を書いているのは十四日だ。七日の事を思い出しつつペンを走らせている。七日から今まで、日記が書けないほどに混乱していた。混乱の反動か、現在は不思議なほどに落ち着いている。
私情を交えると冗長になる為、簡潔に書く。
村が滅ぼされた。
犯人は原始人が作り上げた国家、リヒダ・ナミトの軍隊である。
私は偶然にも、外の世界に物資を調達していた為に難を逃れることが出来た。本来は調達の必要などなかったのだが、日記に記すために村長に無理を言っての外出だった。
私以外に外出していた者はいない。そして、村に残された遺体の数は村人の人数と合致する。
村は焼き払われ、家も畑も資料も全て灰となった。
この日はそれらの事実を確認した後、ユノキスという近くの小さな町へ赴いて適当な理由を述べて暫しの滞在許可を得た。
スターティスと名乗る中年の雀の男が何かと話しかけてきたが、必要最低限の会話で済ませる。
彼の話によると、リヒダ・ナミトの軍隊がこの地域を訪れた理由は「古代兵器を復活させて謀反を起こそうと企んでいる賊の殲滅」らしい。我々の存在を差し置いて勝手に繁栄し、勝手に我々の領地を占有している原始人の実に身勝手な言い分である。
原始人に対して非常に強い憤りを覚えるが、私一人で反抗したところで勝てる相手ではない。偉大なる先人達の技術を借りなければ原始人を滅する事は出来ないだろう。
同胞を失い、一人きりとなった私に先人達の技術を呼び起こす事が出来るのか不安ではある。
しかし、やるしかない。私が難を逃れたのも偶然ではなく、先人達が私だけでも助けようと運命を揺り動かしたのだろう。
ここから数日は、灰燼に帰した資料の内容を覚えている限りで書き出していた。
* * *
一五〇一年 獅子月 二五日
資料の書き出しと整理が終了した。それなりの量になったが、ユノキスに住む原始人は資料を見ようともしない。どうやらスターティスの影響のようだ。
彼は学者を名乗る身分であり、かつ自身が持つ資料を見られる事を極端に嫌っていた。それを良く知るユノキスの原始人は、資料と名のつくものは見てはいけないと思い込んでいる。原始人はやはり馬鹿だ。
しかし馬鹿とはいえ、ユノキスに滞在しているとある程度気を配らなくてはならない。その為研究活動もままならず、この村にこれ以上居座ってもメリットはない。私は早々に荷物を纏め、ここを去る旨をスターティスに告げた。彼は残念そうにしていたが、北の孤島で静かに研究がしたいと告げると納得した。それどころか研究の邪魔にならないよう北の孤島には行かないよう村人に知らせておく、とまで言ってのけた。
彼の神経質な性格は非常に役に立つ。研究している間もこの雀の男にはいい顔をしておいて損はない。私は彼に丁重に礼を述べて微笑んでおき、ユノキスを後にした。
今更ではあるが、この日記は元々は後世に語り継ぐ為の本の草稿である。その為、後世が作れないこの状況では草稿を書くことに意義はない。
しかし、私はこうして日記を続けている。一年以上続けていると習慣化するもので、意義はないと思いつつこうして日々の記録を取っている。
……いや、日記を書くことで冷静な目でその日を振り返り、反省点を見出すという点では大いに役立っている。今後、この日記は草稿ではなく私の研究活動の補助道具として活用する。
* * *
一五〇三年 双魚月 十三日
都市に備えられた装置の一部復活に成功する。装置は魔力を圧縮した小粒の物質を精製し、それを家畜に投与する事で異形化させて私兵に変える機能を持っているらしい。私兵の行動は魔力の提供者の意志にある程度従うようだが、凶暴性が高く研究活動には使えない。
恐らくこれは、かつて南の果ての文明と戦った時に用いたものだろう。より詳しい性能についてはもう少し検証を重ねる必要があるが、現段階で使えるものではない。
我々の同胞はこの都市にもいくつかの資料を残していた。村に篭って研究活動を行っていた私には初めて見る資料ばかりだ。以前から何点か見つけていたが、今日も新たな資料を発見した。
今日発見した資料はどちらかというと我々の行動指針を記したものに近い。そしてそれは私の思想と相違なかった為、それほど大きな収穫ではなかった。
この都市を復活させた暁には、原始人どもを殲滅して我々の文明を再興させる。
私一人となった今では、文明を再興させた所で長くは持たない。私が生きている間――約百年で偉大なる文明も潰えるだろう。我々の寿命が原始人の倍であるとはいえ、残された時間が百年である事を考えると先人達に対して申し訳なく思う。
百年後――つまり私が死んだ後、再び原始人が活性化しないように、完全に、一匹残らず、原始人を滅する事が文明を復活させた後の私の使命だ。我々のような優秀な一族が滅び、あのような原始人が栄える事などあってはならない。
* * *
一五〇三年 双魚月 二九日
都市に刻まれた文字を解読し、原始人の発達速度と多様性の理由を知る。所々で読み取れない部分はあったが、大意と先人達の思いは理解できた。
南の果ての文明との戦争後、この文明は衰退してやがて滅んだ。残された数少ない同胞が大陸に移り住み、文明の復活に取り組んだ事はこの日記の冒頭に書いた。
その間、南の果ての文明は何をしていたか。我々は戦争で一人残らず抹殺したと思っていたが、彼らは戦争が終結する前に生き残る為の手を打っていた。
その手とは、あらゆる生物に自分達の情報を組み込む事。純粋な血脈を残す事を諦め、汚らわしい血と混じり合っても、最終的に一滴しか残されない血になろうとも構わない。そんななりふり構わない手段を取っていた。
優秀な南の民の血を取り入れることで、どちらの文明にも属さない低俗な原始人は優秀な頭脳を得た。家畜の中には南の民と似た体格と家畜の特徴を併せ持つ種――俗に言う獣人も現れた。
同じ民の血を持っているという感覚からか、彼らは一丸となって文明を発展させてきた。やがて村が現れ、町となり、リヒダ・ナミトという巨大な都市を築くに至った。
南の民は下賎な者と共生する事で今日の繁栄を得た。プライドを捨てて得た栄華が素晴らしいとは私は思えない。
私は、遥かな昔から続いてきたこの純粋な血脈を誇りに思う。例え私が最後の一人であっても、この純粋な血脈を汚す事は出来ない。南の民には到底分からない思考だろうが、分かって欲しいとも思わない。
客観的に見ると、我々は戦争と言う試合には勝って、生存競争という勝負には負けたのだろう。
しかし、最後まで潔癖を保った我々がこの世界で最も誇り高い種族であり、頂点に立つべき種族であると私は信じている。
* * *
一五〇三年 金牛月 四日
情報が足りず、行き詰る。
その為今日は研究活動を中断し、都市を徹底的に捜索して残された資料を全て集めた。
数点の新たな資料が見つかり、今までの資料と合わせて読み解く。
どうやら都市の復活の為に必要な「鍵」があるらしい。資料には精緻な図が書かれており、今までの解析パターンを元に検分してみると大よその構造は掴めた。
だが、肝心の「鍵」そのものと利用法を記した資料が見当たらない。手元の資料には別紙に詳細を記す旨の文章が書かれている為、単なる書き忘れではないだろう。
同胞の誰かがその資料を村に持ち帰り、村が焼かれた際に灰となったとしても、鍵そのものが見つからない理由がつかない。我々の文明は、炎で跡形もなく消え去るほどもろくない。
結論は一つ。
原始人が村から持ち去ったのだ。
殲滅完了の証拠の為かそれ以外の理由か判断はつかないが、原始人の思考回路などなぞりたくない。奴らにもそれなりに知恵は備わっている為、恐らく無下に捨てずにリヒダ・ナミトの内部に秘匿している。
面倒な事になった。
数人の原始人が相手ならば触れずとも始末出来るが、奴らは数が多い。私一人でリヒダ・ナミトに攻め込んだとて叶う相手ではないだろう。非常に口惜しいがその事実は認めよう。
現状を踏まえ、私は一つの策を取った。
出身を偽って原始人の一員であると名乗り、リヒダ・ナミトの主要部に入り込める職に就く。そして信頼を築き上げつつ内部の情報を集め、隙を見て鍵を盗み出して行方を眩ませる。万が一資料が残されていれば、それも一緒に取り戻す。
この私が原始人を名乗り、原始人に使われる立場に立つと言う屈辱は途方もないものである。
しかし、それを悟られてはならない。温和な態度で与えられた職務をこなし、円滑な関係を築く事がこの策の重要な基礎だ。
非常に腹立たしく、難しい策であるが、私がやるしかない。
まずはリヒダ・ナミトに程近い場所に居を構え、その地域の原始人の文化を知る。リーモ村と言う小さな村が丁度良いだろう。
文化を知り、原始人の気質を把握した上で、リヒダ・ナミトの門戸を叩いて策を開始する。
* * *
一五〇三年 金牛月 二五日
リーモ村への引越しが完了する。村の特色を調べ上げて当たり障りのない引越し理由を述べて微笑みを作れば、あっさりと原始人は私の移住を歓迎した。
必要な道具の搬入は大型の馬車を利用する事で島と村を往復することなく完了したが、その後の作業に予想以上に時間がかかった。資料や生活道具の収納は一日で終わらせたが、念のために持ち込んだもの――家畜を私兵に変える装置の置き場所に苦労した。
結局はリーモ村の周辺を調査し、少し離れたところにある洞穴に安置する事にした。かつての同胞と過ごしていた村にかけていたものと似た種類の魔法陣を張り、原始人からは気付かれにくくする。それだけでは保護体制に不安があるが、追々厳重にしていく。
リーモ村の住民はユノキスのそれと似たようなもので、少し良い顔をしておけばいくらでも意のままに動いてくれる馬鹿ばかりだ。原住民は皆この程度か? という蔑視の感情が表に出ないよう押さえつけることに苦労する。
いくら馬鹿でも彼らは数の力で私に勝っている。文明を復活させるその日まで、油断してはならない。私は改めて自分自身に釘を刺す。
原始人の文化と気質を知るのにそれほど時間はかからないだろう。リヒダ・ナミトの内部に入り込むまで、あと少し。
失敗は許されない、一世一代の演劇の幕開けである。