No.367
サビ組移籍後のSS
硬く冷たい床の感触で目が覚めた。呼吸ができて、全身に不快感があって、それらを正しく認識する能力が無事であることに安堵する。
身を起こそうとして失敗する。両手両足が縛られていた。残念ながら後ろ手に縛られているためできることは少ない。不自由なのはそれくらいで、目隠しも猿轡もなく服も着たままだ。スマホロトムや各種武装は奪われているだろうが、その程度で済ませているのは良心的だ。
ぐるりと視線を巡らせる。無機質な蛍光灯がコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋を照らしていた。扉は一枚だけで窓はない。部屋には何も置かれておらず、強いて言うなら天井の隅に監視カメラがあるのと床の隅に小さな排水溝があるくらいだ。掃除のしやすさにおいては天下一品の部屋である。
観察を終えてやることもないので、それからは監視カメラをじっと見つめていた。
しばらくすると乱暴な足音が聞こえて扉が開いた。ギラギラとした服がよく似合う巨躯の男が冷たい眼差しでこちらをを見下ろしている。
「こんばんは、ミアレの救世主様。いや、今はサビ組の飼い犬だったかな?」
「どうせなら猛犬とか忠犬とか呼んでほしいですね」
男の眉間に深いしわが刻まれる。どうやら回答がお気に召さないらしい。
「俺達は総出でお前を捕まえた。ここはサビ組も知らない場所で、お前がどれだけ泣き叫ぼうが助けが来ることはない」
「いい大人が寄ってたかってか弱い女性に眠気と麻痺と拘束系の技を連打するの、トレーナーとしても人間としても最高にみっともなかったですよ」
「裏社会でお前をか弱い女性扱いする奴はいねえよ」
男はしゃがんで私の顎を掴んで持ち上げた。カラスバに掴まれた時と比べるとずいぶんと乱暴な持ち方だ。
「ま、こうなってしまったらか弱い女性か。おまけにサビ組の戦力は大幅に落ちて人質としてもこの上ない価値を持つ」
男は手を離し、扉の方に目配せをする。部下と思しき男がぞろぞろと入ってきて、殺風景な部屋はずいぶんと賑やかになった。
「命は奪わないが、心は壊させてもらう」
部下の一人が私の肩を掴んで仰向けに寝かせる。他の部下はいろいろな道具を持ち込んだり、ビデオカメラをこちらに向けてきたりしている。
「ミアレの救世主ご本人出演のビデオともなるとさぞかしいい値段になるだろう。一石二鳥だと思わないか?」
フリルタイがほどかれ、シャツのボタンに指がかかる。身をよじって抵抗しても簡単に押さえつけられる。やはり肉体的な有利不利は覆しようがない。
「始める前にインタビューといこう。お前が理性を持って話せるのはこれが最後だが、何か言いたいことは?」
第一ボタンが外されて、第二ボタンも外されようとしている。
一対多。覆しようのない有利不利。助けは来ない。客観的に見れば絶望的な状況の中で、私は口角を釣り上げた。
「やるなら徹底的にやれってママから教わりませんでした?」
シャツの下から、薄緑の平べったい小さな生物がひょっこりと顔を出した。
「は……?」
シャツを脱がそうとしていた部下がぽかんとしている間にも、小さな生物はひょこひょこと顔を出して集まっていく。
「止めろ!」
男の声が響くと同時に小さな生物は集まり形を変える。
「ジガルデ、しんそく」
指示を出した瞬間に部下が吹き飛ぶ。小さな犬の姿をしたそのポケモンは、矢継ぎ早に出す指示を忠実に実行し、反撃する暇も与えず周囲を制圧した。
ジガルデに手足の拘束を噛み切ってもらい、立ち上がる。節々が痛いが動けないほどではない。幸いにも部下が持ち込んだ道具の中にロープがあったのでそれを使って部下も男を縛っていく。全員呼吸はしていて、意識があるのは男だけだった。
「クソッ……そんなポケモンがいるなんて、聞いてない……」
「そりゃあ、奥の手ですからね」
ジガルデは秩序の監視者だ。今は私のそばにいてくれるが、サビ組の活動に駆り出すのは違うだろうと思い、いざという時にしか頼らないようにしていた。その「いざという時」まで追い込んだのだから大した奴らだと褒めるべきだろうか。
「この子はセルの数に応じて姿を変える特性があって、全体の一割ほどでこの姿になります」
「…………。残りの九割はどこに」
「察しが良くて助かります。あなた達に襲われた時、どう見ても不利だからジガルデに頼んで一割を私の服の中に潜ませて、残りの九割で目印を残してもらいました」
遠くからかすかな物音がした。物音は絶えず響き、少しずつ大きくなる。男の顔から次第に血の気が引いていく。
「私を狙ったのが運の尽きでしたね。怒ったカラスバさんはとっても怖いし、あなたがどれだけ泣き叫ぼうが助けが来ることはありません」
サビ組による組織の制圧は極めて迅速だった。カラスバとジプソが部下を引き連れ、おまけにカラスバは怒り心頭という、攻撃に振り切った編成ならさもありなんだ。
私を襲おうとしていた男達も連れ出され、入れ違いになるようにカラスバが部屋に飛び込んでくる。視線だけで人を殺せそうな形相が、私と目が合うだけでふっと和らいだ。
「怪我してへんか」
「この通り、傷一つなく」
軽く腕を広げて無事をアピールすると、間髪入れずに抱きしめられた。息苦しくなるくらい強く、その腕はかすかに震えていた。
「このっ……アホ……! 路地裏に一人で行ったらアカンって何回言うたらわかんねん……」
「カラスバさんの過保護。今回はちょっとツイてなかっただけですよ」
「ちょっとツイてなかっただけ?」
カラスバの声が冷ややかなものになる。やばい、間違えた。
「逆やろ。あんな甘い連中に捕まったのはめちゃくちゃツイてる」
抱きしめる力はますます強くなる。周囲の部下に視線で助けを求めても、肩をすくめられるだけだ。
「ボディチェックなり裸で転がすなりでジガルデのことがバレてたらどうなる。寝てる間に始められたらどうなる。ビデオ撮影やなくてライブ配信やったらどうなる。薬漬けにされたらどうなる。逃げないよう切り落としたり目を潰したりされたらどうなる。そもそも殺されてまう可能性もある」
「それは……はい……おっしゃる通りで……」
「いくらミアレの救世主で最高のトレーナーでも、一人の人間や。油断したら『そういうこと』が普通に起こる業界なんやから、もうちょい慎重になり」
「はい……ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした……」
「ま、ずーっと尻尾掴めんかった連中のアジトが割れて一網打尽にできたのはよかったわ」
拘束が少し緩くなり、頭を撫でられる。柔らかな微笑みにつられて私も笑みを浮かべてしまう。
「ほな明日から一ヶ月は事務所で内勤、出かける時はオレが同行な」
あ、全然怒ってますねすみません。
余談ではあるが、この件は噂に尾ひれがついて「わざと誘拐されて潜入してたった一匹のポケモンで組織を壊滅させたヤバい女」として恐れられるようになってしまい、困る私をよそにカラスバは「アホのやらかしが武勇伝になっとるやんけ!」と大ウケしていた。
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ポケスペのブルーみたいな戦法を取る女
畳む
#ポケモンZA
硬く冷たい床の感触で目が覚めた。呼吸ができて、全身に不快感があって、それらを正しく認識する能力が無事であることに安堵する。
身を起こそうとして失敗する。両手両足が縛られていた。残念ながら後ろ手に縛られているためできることは少ない。不自由なのはそれくらいで、目隠しも猿轡もなく服も着たままだ。スマホロトムや各種武装は奪われているだろうが、その程度で済ませているのは良心的だ。
ぐるりと視線を巡らせる。無機質な蛍光灯がコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋を照らしていた。扉は一枚だけで窓はない。部屋には何も置かれておらず、強いて言うなら天井の隅に監視カメラがあるのと床の隅に小さな排水溝があるくらいだ。掃除のしやすさにおいては天下一品の部屋である。
観察を終えてやることもないので、それからは監視カメラをじっと見つめていた。
しばらくすると乱暴な足音が聞こえて扉が開いた。ギラギラとした服がよく似合う巨躯の男が冷たい眼差しでこちらをを見下ろしている。
「こんばんは、ミアレの救世主様。いや、今はサビ組の飼い犬だったかな?」
「どうせなら猛犬とか忠犬とか呼んでほしいですね」
男の眉間に深いしわが刻まれる。どうやら回答がお気に召さないらしい。
「俺達は総出でお前を捕まえた。ここはサビ組も知らない場所で、お前がどれだけ泣き叫ぼうが助けが来ることはない」
「いい大人が寄ってたかってか弱い女性に眠気と麻痺と拘束系の技を連打するの、トレーナーとしても人間としても最高にみっともなかったですよ」
「裏社会でお前をか弱い女性扱いする奴はいねえよ」
男はしゃがんで私の顎を掴んで持ち上げた。カラスバに掴まれた時と比べるとずいぶんと乱暴な持ち方だ。
「ま、こうなってしまったらか弱い女性か。おまけにサビ組の戦力は大幅に落ちて人質としてもこの上ない価値を持つ」
男は手を離し、扉の方に目配せをする。部下と思しき男がぞろぞろと入ってきて、殺風景な部屋はずいぶんと賑やかになった。
「命は奪わないが、心は壊させてもらう」
部下の一人が私の肩を掴んで仰向けに寝かせる。他の部下はいろいろな道具を持ち込んだり、ビデオカメラをこちらに向けてきたりしている。
「ミアレの救世主ご本人出演のビデオともなるとさぞかしいい値段になるだろう。一石二鳥だと思わないか?」
フリルタイがほどかれ、シャツのボタンに指がかかる。身をよじって抵抗しても簡単に押さえつけられる。やはり肉体的な有利不利は覆しようがない。
「始める前にインタビューといこう。お前が理性を持って話せるのはこれが最後だが、何か言いたいことは?」
第一ボタンが外されて、第二ボタンも外されようとしている。
一対多。覆しようのない有利不利。助けは来ない。客観的に見れば絶望的な状況の中で、私は口角を釣り上げた。
「やるなら徹底的にやれってママから教わりませんでした?」
シャツの下から、薄緑の平べったい小さな生物がひょっこりと顔を出した。
「は……?」
シャツを脱がそうとしていた部下がぽかんとしている間にも、小さな生物はひょこひょこと顔を出して集まっていく。
「止めろ!」
男の声が響くと同時に小さな生物は集まり形を変える。
「ジガルデ、しんそく」
指示を出した瞬間に部下が吹き飛ぶ。小さな犬の姿をしたそのポケモンは、矢継ぎ早に出す指示を忠実に実行し、反撃する暇も与えず周囲を制圧した。
ジガルデに手足の拘束を噛み切ってもらい、立ち上がる。節々が痛いが動けないほどではない。幸いにも部下が持ち込んだ道具の中にロープがあったのでそれを使って部下も男を縛っていく。全員呼吸はしていて、意識があるのは男だけだった。
「クソッ……そんなポケモンがいるなんて、聞いてない……」
「そりゃあ、奥の手ですからね」
ジガルデは秩序の監視者だ。今は私のそばにいてくれるが、サビ組の活動に駆り出すのは違うだろうと思い、いざという時にしか頼らないようにしていた。その「いざという時」まで追い込んだのだから大した奴らだと褒めるべきだろうか。
「この子はセルの数に応じて姿を変える特性があって、全体の一割ほどでこの姿になります」
「…………。残りの九割はどこに」
「察しが良くて助かります。あなた達に襲われた時、どう見ても不利だからジガルデに頼んで一割を私の服の中に潜ませて、残りの九割で目印を残してもらいました」
遠くからかすかな物音がした。物音は絶えず響き、少しずつ大きくなる。男の顔から次第に血の気が引いていく。
「私を狙ったのが運の尽きでしたね。怒ったカラスバさんはとっても怖いし、あなたがどれだけ泣き叫ぼうが助けが来ることはありません」
サビ組による組織の制圧は極めて迅速だった。カラスバとジプソが部下を引き連れ、おまけにカラスバは怒り心頭という、攻撃に振り切った編成ならさもありなんだ。
私を襲おうとしていた男達も連れ出され、入れ違いになるようにカラスバが部屋に飛び込んでくる。視線だけで人を殺せそうな形相が、私と目が合うだけでふっと和らいだ。
「怪我してへんか」
「この通り、傷一つなく」
軽く腕を広げて無事をアピールすると、間髪入れずに抱きしめられた。息苦しくなるくらい強く、その腕はかすかに震えていた。
「このっ……アホ……! 路地裏に一人で行ったらアカンって何回言うたらわかんねん……」
「カラスバさんの過保護。今回はちょっとツイてなかっただけですよ」
「ちょっとツイてなかっただけ?」
カラスバの声が冷ややかなものになる。やばい、間違えた。
「逆やろ。あんな甘い連中に捕まったのはめちゃくちゃツイてる」
抱きしめる力はますます強くなる。周囲の部下に視線で助けを求めても、肩をすくめられるだけだ。
「ボディチェックなり裸で転がすなりでジガルデのことがバレてたらどうなる。寝てる間に始められたらどうなる。ビデオ撮影やなくてライブ配信やったらどうなる。薬漬けにされたらどうなる。逃げないよう切り落としたり目を潰したりされたらどうなる。そもそも殺されてまう可能性もある」
「それは……はい……おっしゃる通りで……」
「いくらミアレの救世主で最高のトレーナーでも、一人の人間や。油断したら『そういうこと』が普通に起こる業界なんやから、もうちょい慎重になり」
「はい……ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした……」
「ま、ずーっと尻尾掴めんかった連中のアジトが割れて一網打尽にできたのはよかったわ」
拘束が少し緩くなり、頭を撫でられる。柔らかな微笑みにつられて私も笑みを浮かべてしまう。
「ほな明日から一ヶ月は事務所で内勤、出かける時はオレが同行な」
あ、全然怒ってますねすみません。
余談ではあるが、この件は噂に尾ひれがついて「わざと誘拐されて潜入してたった一匹のポケモンで組織を壊滅させたヤバい女」として恐れられるようになってしまい、困る私をよそにカラスバは「アホのやらかしが武勇伝になっとるやんけ!」と大ウケしていた。
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