荊姫 (2014/03/29 - 2014/04/06)

いまから数年前。とある町にとても幸せな家族が住んでいました。
しかしそんな彼らを悲劇が襲います。
警察官である桐生堅太郎が仕事中に妻と娘が事故に巻き込まれ、意識不明の重体となってしまったのです。
幸い命は取り留めたものの、2人は打ち所が悪く、そのまま昏睡状態に陥ってしまいました。
そして数日後。絶望に沈む桐生の元に男が訪ねてきます。

「奥さんと娘さんは永遠の眠りにつきました。二度と目を覚ますことはないでしょう。
しかしあなたが神の力を使うというのなら奇跡は起こる。」
そして男は続けます。
グラーキという神の針を奥さんと娘さんに刺しなさい。2人はたちまち目を覚ますでしょう。
しかし副作用もあります。神の体液を体に入れてしまったことによってあなたのことを忘れてしまうかもしれません。

勿論桐生は追い返しましたが、一カ月、六カ月と目を覚まさない妻子を見ているうちに
心の隙に付け入れられ、とうとう最後にはグラーキの針を2本受け取ってしまいます。
そして桐生は病室で眠る妻にグラーキの針を刺すのですが、刺した途端に自分の行いに後悔し、思わず針をすぐ引き抜いてしまいます。
体液が体に入ってしまった妻の体は目を覚ますのですが、あまりにも中途半端だったためそれは誰の目から見ても人間ではない目覚め方をします。
桐生は恐怖し、【早く体液を出さなくてはいけない】という一心で、その場にあったナイフで妻を刺してしまいます。
針から挿入された僅かな体液はそのお陰で流れ落ち、彼女は人間として死ぬことができました。

妻を刺したナイフを手に持ち、呆然と立ち尽くす桐生は理解します。【これは人如きが踏み入れてはいけない力だった】と。
自分のエゴの為に家族を冒涜的なものに晒してしまったこと。その結果妻が死んでしまったこと。そしてもう一本の針で娘をも刺そうとしていたこと。
それらすべての事実を理解した桐生は発狂してしまい、妻を刺した刃物で自分を突き刺し自殺します。

それを見ていた男…ニャルラトテップはほんの少しがっかりしました。
これもたしかに狂気。狂気なのだが、
【妻と娘を自らの手でグラーキのアンデットにしてしまったことを理解させ、
絶望の中2人に殺される…。またはグラーキの元へと連れていかれ同じように奴隷にされるのか…】
どちらにせよ現世に新たな混沌を生み出すものだと期待していたのに、たかが2人が死んだだけ。
なんともお粗末な結果に終わってしまったと。


確かに桐生は普通なら死んでもおかしくない状態でした。
しかし妻を刺したときに付いた僅かな【グラーキの体液】が桐生の命を永らえさせてしまったのです。
これに気が付いたニャルラトテップは冒涜的な笑顔を見せます。
「なんだ、こちらの方が楽しめそうじゃないか」と。

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このビルはニャルラトテップが細工した桐生堅太郎の夢です。
桐生に入った体液はグラーキの従者へ変わるには足りず、しかし彼はその体液の為死ぬこともできません。
桐生の精神はその中間地点でふわふわと漂うだけの存在となってしまいました。
ニャルラトテップはその体を媒体にし、探索者たちを彼の夢へと誘います。
正気と狂気を無限に繰り返す桐生と、夢引きにかかった【グラーキの供物】の恐怖と混乱を眺める為です。
さて君たちは桐生を夢から覚まし、この世界から脱出することができるのでしょうか。