No.343, No.342, No.341, No.340, No.339, No.338, No.337[7件]
サビ組移籍後のSS
「本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」
深々と頭を下げるジプソの姿は、私と彼の立ち位置を示すのに十分なものだった。
全世界に店舗を持つレストラン、ローリングドリーマー。地域の海産物を使った寿司は評判が良く、値段も相応に高い。その高級レストランに私とジプソはいた。
カラスバの姿はない。ジプソが私と二人きりで話したいことがあると希望してのことだ。並の部下なら説得など不可能だろうが、ジプソにかかると「ん、分かった。店教えてくれたら迎えに行ったるわ」と二つ返事だ。
「気にしないでください。カラスバさんに聞かれると困る話なんですよね?」
飲み物の匂いを確認し、口を湿らせる程度に飲む。味に違和感はない。ジプソも同じように飲み、寿司を一貫だけ食べた。
「毒の警戒もお上手になりましたね」
「散々スパルタで鍛えられましたから」
あれは悪夢のような日々だった。隙あらば弱い毒を盛られ、匂いや味で気付けるか、気付けなかったとしても被害を軽くできるか、対処法が身につくまでは生きた心地がしなかった。
しかしサビ組ボスの伴侶という地位を得たからには身につけなければならない技術でもあった。食事の度にカラスバが毒味してくれるわけではないし、そもそもそんな世話を焼かれるのはごめんだ。
「サビ組でのお仕事は慣れてきましたか」
「それなりには。覚えることが多くて大変ですけど、出来ることが増えている実感はありますよ」
仕事をするにあたり、私はサビ組の運営資金の調達係を希望した。
信じ難いことだが、構成員を養いサビ組の威容を保つための資金はカラスバがたった一人で稼ぎ出していた。最大限に効率化しているのだろうが、それにしても激務であることに変わりはない。いろいろな知識を貢がれた私が力を振るうのはここしかなかった。
もちろん一朝一夕で身につく技術ではない。しかし着実にカラスバの仕事を吸収し、最近は簡単な案件を任せてもらえる程度には慣れてきていた。
「……ハル様がカラスバ様の隣に立ち、尽力してくださっていること、深く感謝しております」
ジプソはもう一度深々と頭を下げる。
「わたくしもカラスバ様の片腕として尽力しておりますが、わたくしとカラスバ様は対等ではないのです」
「信頼し合ってる上司と部下に見えますけど……その『上司と部下』を気にしているんですか?」
「わたくしはカラスバ様をボスとして担ぎ上げ、わたくしやわたくしの部下達を預けました。その時から、カラスバ様は仰ぎ見る存在となりました」
しかし、と小さく歯噛みする。
「カラスバ様は毒の人。その立ち振る舞いは多くの人を翻弄し溺れさせますが、カラスバ様自身も溺れてしまう危険性を孕んでいる」
「あ、その話は聞いたことあります。ジプソさんが鋼タイプのポケモンを持つ理由ですよね」
「おや、知っているなら話が早い。その通り、わたくしは鋼の意志で毒に溺れないよう注意していますが、カラスバ様が溺れそうな時に救える立場ではないのです」
ジプソがカラスバの判断に意を唱えた場面は見たことがある。サビ組のためになる判断を冷静に見極めることに関しては誰よりも優れているが、ジプソの言う「救う」はそう言う意味ではないのだろう。寿司を口に運びながら視線で続きを促した。
「わたくしはカラスバ様を『サビ組のボス』として仰ぎ見た。太陽が落ちないよう支えることはできますが、太陽が壊れそうな時は無力なのです」
「太陽が壊れそうな時……」
あいつらのお天道様になるにはオレがもっとがんばらなあかんやろ。
かつてカラスバが放った言葉を思い出す。組織を維持し、ミアレのために汚れ役を買って出る彼が、今以上に頑張ればどうなってしまうのだろう。ハルが気付いた危うさをジプソが気づかないわけがない。
「ですから、ハルさんがサビ組に来る時に『私だけの男になれ』と要求していたのは嬉しかった。この人はカラスバ様をサビ組のボスではなく一人の人間として見て、隣に立とうとしてくれているのだと」
「私利私欲の要求ですけどね」
サビ組に入る時に関係を進めるつもりではあったが、その時に何と言うかは少し悩んだ。
ジプソの言う通り、カラスバのことはサビ組のボスではなく一人の人間として惹かれていたが、彼を支えるといった献身よりも、彼の人生を我が物としたい独占欲が根本にあるのだ。
結局はしおらしい言葉で飾ることなく要求を素直に伝えた。カラスバもハルの人間性はある程度分かっているだろうから、あれでよかったのだと思う。
「私はただ、カラスバさんが欲しくて、大事にしたくて、ここに来ただけですから」
「それでいいんです。あの方はご自分を大事になさらない悪癖がある。あなたがカラスバ様を大事にしてくださるなら、サビ組もカラスバ様も安泰でしょう」
「ふふ。ジプソさんと私で得意なことは違いますけど、大事なものを守るためにお互い頑張りましょうか」
二人で顔を見合わせ、柔らかな微笑みを浮かべて寿司を食べる。食事の時間は和やかに流れていった。
「で、何の話してきたん」
迎えに来たカラスバの問いかけにジプソとハルは顔を見合わせた。
「……カラスバファンクラブの決起集会?」「ですね」
「なんやそれ」
けらけらと笑うカラスバを中央に据えて三人で並び、光の届かない路地裏に入って行く。五感を研ぎ澄ませ、かつてのひりついた精神を呼び戻す。
ミアレの平和を守るための長い夜が、始まった。
畳む
#ポケモンZA
「本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」
深々と頭を下げるジプソの姿は、私と彼の立ち位置を示すのに十分なものだった。
全世界に店舗を持つレストラン、ローリングドリーマー。地域の海産物を使った寿司は評判が良く、値段も相応に高い。その高級レストランに私とジプソはいた。
カラスバの姿はない。ジプソが私と二人きりで話したいことがあると希望してのことだ。並の部下なら説得など不可能だろうが、ジプソにかかると「ん、分かった。店教えてくれたら迎えに行ったるわ」と二つ返事だ。
「気にしないでください。カラスバさんに聞かれると困る話なんですよね?」
飲み物の匂いを確認し、口を湿らせる程度に飲む。味に違和感はない。ジプソも同じように飲み、寿司を一貫だけ食べた。
「毒の警戒もお上手になりましたね」
「散々スパルタで鍛えられましたから」
あれは悪夢のような日々だった。隙あらば弱い毒を盛られ、匂いや味で気付けるか、気付けなかったとしても被害を軽くできるか、対処法が身につくまでは生きた心地がしなかった。
しかしサビ組ボスの伴侶という地位を得たからには身につけなければならない技術でもあった。食事の度にカラスバが毒味してくれるわけではないし、そもそもそんな世話を焼かれるのはごめんだ。
「サビ組でのお仕事は慣れてきましたか」
「それなりには。覚えることが多くて大変ですけど、出来ることが増えている実感はありますよ」
仕事をするにあたり、私はサビ組の運営資金の調達係を希望した。
信じ難いことだが、構成員を養いサビ組の威容を保つための資金はカラスバがたった一人で稼ぎ出していた。最大限に効率化しているのだろうが、それにしても激務であることに変わりはない。いろいろな知識を貢がれた私が力を振るうのはここしかなかった。
もちろん一朝一夕で身につく技術ではない。しかし着実にカラスバの仕事を吸収し、最近は簡単な案件を任せてもらえる程度には慣れてきていた。
「……ハル様がカラスバ様の隣に立ち、尽力してくださっていること、深く感謝しております」
ジプソはもう一度深々と頭を下げる。
「わたくしもカラスバ様の片腕として尽力しておりますが、わたくしとカラスバ様は対等ではないのです」
「信頼し合ってる上司と部下に見えますけど……その『上司と部下』を気にしているんですか?」
「わたくしはカラスバ様をボスとして担ぎ上げ、わたくしやわたくしの部下達を預けました。その時から、カラスバ様は仰ぎ見る存在となりました」
しかし、と小さく歯噛みする。
「カラスバ様は毒の人。その立ち振る舞いは多くの人を翻弄し溺れさせますが、カラスバ様自身も溺れてしまう危険性を孕んでいる」
「あ、その話は聞いたことあります。ジプソさんが鋼タイプのポケモンを持つ理由ですよね」
「おや、知っているなら話が早い。その通り、わたくしは鋼の意志で毒に溺れないよう注意していますが、カラスバ様が溺れそうな時に救える立場ではないのです」
ジプソがカラスバの判断に意を唱えた場面は見たことがある。サビ組のためになる判断を冷静に見極めることに関しては誰よりも優れているが、ジプソの言う「救う」はそう言う意味ではないのだろう。寿司を口に運びながら視線で続きを促した。
「わたくしはカラスバ様を『サビ組のボス』として仰ぎ見た。太陽が落ちないよう支えることはできますが、太陽が壊れそうな時は無力なのです」
「太陽が壊れそうな時……」
あいつらのお天道様になるにはオレがもっとがんばらなあかんやろ。
かつてカラスバが放った言葉を思い出す。組織を維持し、ミアレのために汚れ役を買って出る彼が、今以上に頑張ればどうなってしまうのだろう。ハルが気付いた危うさをジプソが気づかないわけがない。
「ですから、ハルさんがサビ組に来る時に『私だけの男になれ』と要求していたのは嬉しかった。この人はカラスバ様をサビ組のボスではなく一人の人間として見て、隣に立とうとしてくれているのだと」
「私利私欲の要求ですけどね」
サビ組に入る時に関係を進めるつもりではあったが、その時に何と言うかは少し悩んだ。
ジプソの言う通り、カラスバのことはサビ組のボスではなく一人の人間として惹かれていたが、彼を支えるといった献身よりも、彼の人生を我が物としたい独占欲が根本にあるのだ。
結局はしおらしい言葉で飾ることなく要求を素直に伝えた。カラスバもハルの人間性はある程度分かっているだろうから、あれでよかったのだと思う。
「私はただ、カラスバさんが欲しくて、大事にしたくて、ここに来ただけですから」
「それでいいんです。あの方はご自分を大事になさらない悪癖がある。あなたがカラスバ様を大事にしてくださるなら、サビ組もカラスバ様も安泰でしょう」
「ふふ。ジプソさんと私で得意なことは違いますけど、大事なものを守るためにお互い頑張りましょうか」
二人で顔を見合わせ、柔らかな微笑みを浮かべて寿司を食べる。食事の時間は和やかに流れていった。
「で、何の話してきたん」
迎えに来たカラスバの問いかけにジプソとハルは顔を見合わせた。
「……カラスバファンクラブの決起集会?」「ですね」
「なんやそれ」
けらけらと笑うカラスバを中央に据えて三人で並び、光の届かない路地裏に入って行く。五感を研ぎ澄ませ、かつてのひりついた精神を呼び戻す。
ミアレの平和を守るための長い夜が、始まった。
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#ポケモンZA






















