No.345, No.344, No.343, No.342, No.341, No.340, No.339[7件]
サビ組移籍後・XX年後のSS
ビルとビルの合間から差し込む夕陽が顔にかかる。眼前には雑居ビルが並び、眼下には仕事中と思しきビジネスマンの姿がある。窓の向こうに広がるいつもの景色に目を細め、カラスバはブラインドを下ろした。
窓のない堅牢な屋敷でもなければ、目の前に広場がある大通りの好立地でもない。路地裏の雑居ビルの一室に収まるくらいの小さな組織。かつてのサビ組を知る者が見れば落ちぶれたものだと笑うだろう。
振り向くとそこには二人の人間がいた。右腕と呼ぶに相応しい相棒と、生涯を共にすると決めた伴侶。他に部下はおらず、この三人で組織を運営できていた。
机の上に置いていた一枚の紙を取る。ジプソが受け持っていた仕事の報告書で、机の上に他の書類はない。
「この案件も無事に終了。サビ組の最後の仕事として花丸に植木鉢付けたるわ」
「ありがとうございます。……本当に、これで終わりなのですね」
ジプソの声も表情もあからさまに寂しそうだ。鋼の男が聞いて呆れる。
「これ以上続けてもしゃあない。これでも粘った方やろ」
「最近はほとんど開店休業でしたからねえ。カンコドールも真っ青」
「あったなあ、そんなカフェ」
ハルの方は軽口を叩く余裕がある。この女はいつもこの調子だから当たり前と言えば当たり前だが。
「この後も退去の手続きとか色々あるけど、サビ組はこれでしまいや。オレはもうちょいやることあるから、二人は先に帰り」
名残惜しそうな二人を事務所から追い出し、安価なビジネスチェアに腰掛けた。
路地裏で糊口をしのいだ。フラダリと出会い支援金で商売を始めた。ジプソが率いるチームに目をつけられた。逃げ回っていたらチームのボスの座を譲られた。手下が増えてそれらしい名前が欲しいとなりサビ組を名乗り始めた。
フラダリが自分達を始めとした多くの人達を不用な人間と断じて処分しようとした。
何者かによって事件は収束し、ミアレに激動の時代が訪れた。
野生ポケモンの増加。クエーサー社の介入。悪化する景気と治安。増長する悪党。フラダリの真意は読めないままだが、ミアレが荒れていくのを黙って見ているわけにはいかなかった。
激動の時代に乗って裏社会の一大勢力として成り上がった。事件から五年が経過する頃には、行政の手が届かない社会の暗部で活躍する組織として安定した地位を得ていた。
ミアレが抱える問題を解決するために最強のメガシンカ使いが必要だと聞いてZAロワイヤルに参加した。その過程で面白い女を見つけた。釣り針を引っ掛けてみたら、それが釣り針であると分かった上で食いついてきた。
ハルをサビ組に招き入れた後も、ミアレが抱える問題は山積みで忙しい日々が続いた。しかし法整備が進み治安が改善されるにつれて、徹夜の頻度は減り抗争で怪我をすることもなくなっていった。それに合わせて部下には真っ当な転職先をあてがい、組織は徐々に縮小していった。
そして今、最後の仕事を終えた。
無我夢中で走り続けた人生だった。随分と無茶もしたが、人にも運にも恵まれた。
机の引き出しからクリアファイルを取り出した。退去手続きの指示書き、ポケットマネーの処遇、ジプソとハルそれぞれに充てた手紙。全てに目を通し、内容に問題がないことを確認した。
スーツの内ポケットから一丁の拳銃を抜いた。この鉄の重さを感じるのも、これで最後だ。
かつて抗争で死にかけた時のことを思い出す。ジプソは冷静さを保ちサビ組を守っていたが、ハルは取り乱して使い物にならなかったという。あの時以上につらい思いをさせることに罪悪感はあるが、だからといって自分のような人間がのうのうと生き延びていいはずがない。
ミアレはもうカラスバを必要としていない。
ならば、今が清算の時だ。
銃口を口内に突っ込み、引き金を引いた。
乾いた破裂音が鳴った。
目の前で紙吹雪が舞っていた。安っぽい金銀のテープが頭にかかる。拳銃は沈黙している。
「ほら! やっぱりケジメつけようとしたじゃないですか! 賭けは私の勝ちです!」
「わたくしも同じことに賭けていたのですから勝ちも負けもないでしょう」
どやどやと二人が上がり込んでくる。その手にはクラッカーがあった。
「……おい、オマエら」
「なんですかこれ。店じまいの指示書きと、遺産の取り決めと……ラブレターですよジプソさん! 私宛とジプソさん宛で一通ずつ!」
「ほほう。それは是非とも拝読しなければ」
「アホ! 拝読すな!」
抵抗むなしく手紙は奪い取られた。
「……オレがどうするか、分かっとったんか」
カラスバの問いかけに、ジプソとハルは顔を見合わせてから頷いた。
「当たり前ではないですか。わたくし達とカラスバ様は何年の付き合いになると思っているんですか」
「今回は止められたけど、オレは諦めが悪いってのも分かってんのか?」
「分かってますけど、分からないこともあります」
ハルが禅問答のようなことを言い出した。目を細めて睨みつけると、怯む様子もなく続きを話し始めた。
「カラスバさんのことだから、今まで悪いことをしてきたから命で償おうとするだろうってのは予測できます。
でも、そもそも悪いことをしたから死ぬってのが分かりません。悪い人は生きちゃいけないんですか? それじゃあ私もジプソさんもダメじゃないですか」
「人を騙して殺して傷つけてきた悪党がのうのうと生きるのは間違うてるやろ。それに、ハルもジプソもオレの指示で動いてただけや。因果応報を受ける悪党はオレだけでええ」
「善人がひどい目に遭って死んで悪人が幸せに生きるのが間違ってるって言うなら、この世は昔からずっとずっと間違ってますよ。
善人だろうが悪人だろうが生き死には等しい。因果応報なんて存在しない。何が正しくて何が悪いか、悪いことにどんなリスクや罰があるかなんて、その地に住む人にとって都合のいいエゴに過ぎません。
誰もが等しく持つものを、ミアレのエゴなんかに惑わされて自ら捨てようとしないでください」
ハルは机に片膝を乗せて身を乗り出し、カラスバの胸倉を掴んだ。ジプソは止める様子もなく見守っている。
「どうせなら私のエゴに惑わされてくださいよ」
「オマエのエゴ?」
「カラスバさんは私だけの男です。私の宝物です。私の許可なく死んでしまうなんて、許しません」
胸倉を掴む手は少し震えている。まっすぐな眼差しがカラスバを射抜く。
どこまでも我儘な女だ。ふは、と息を吐いて、カラスバは両手を軽く挙げた。
「降参、降参。昔、ハルの居場所になったるし世界一の幸せ者にしたるって約束したもんな。それ放り投げたらあかんわ」
「分かればよろしい」
「カラスバ様……!」
ハルは胸倉を掴む手を離して柔らかく微笑み、ジプソはおんおんと男泣きし始めた。頼もしい鋼の男が見る影もない。
「あーあ! 誰かさんのせいで死に損ねたしこれからどないしよ! 今更カタギの仕事なんかやりたないしなー!」
「カラスバ様はもう十分働かれましたよ」
「本当に仕事人間ですよねえ。お金はいっぱいあるんですから、残りの人生遊んで暮らしましょうよ」
「遊べって言われてもなあ」
ミアレでできる遊びは大体経験済みだ。遊び放題と言われてもいまいち食指が動かない。
気乗りしないカラスバを見てか、ハルは「じゃあこうしましょう」とどこか得意げに人差し指を立てた。
「ハネムーンに連れて行ってください」
「ハネムーン」
知識はあっても縁がないと思っていた言葉だ。ミアレを守る者として長期間の外出は御法度だったし、ハルもそれを承知の上でサビ組に来てくれた。
だが、ミアレはもうカラスバを必要としていない。カラスバを縛るものは何もない。
「ああ……確かに、そらええわ」
「その後はミアレでのんびり過ごして、たまに遠出とかしちゃって、今までできなかったことを三人で一緒にしましょうよ」
「……わたくしもご一緒してよろしいので?」
「当たり前じゃないですか。あ、もちろんハネムーンはお留守番してもらいますけど」
ヒヨクシティでのんびりリゾート、思い切ってカロス一周旅行、もっと思い切って他の地方に行ってみる。ハルとジプソの間でぽんぽんと旅行の案が出され、とんとん拍子に話が進んでいく。
「カラスバさんはどうでしょう? 普通の旅行がイマイチなら私の故郷で成り上がり治安改善チャレンジもできますよ。あそこ、相変わらずゴミカスみたいですし」
「この歳でもっかい成り上がるとかいらんいらん。普通のやつでオマエらの好きにしたらええ」
ひらひらと手を振ると、ハルとジプソは今後の話に花を咲かせ始めた。
あれだけ沢山の悪事を働いて、裁かれることなく絵に描いたような平和な余生を過ごす。悪党の勝ち逃げで、因果応報など存在しない。
ジプソと激論を交わす女の横顔を見る。欲しいもののためなら法も倫理も利用して、善も悪も平等で、犯した罪に後悔すらしない。清々しいほどまっすぐで美しい顔をしていた。
(オレも悪党やけど、コイツの方がよっぽど悪党やったな)
--------------------------------------------------
サビ組って社会のはみ出し者が集まってカラスバの指揮下で何でも屋をやってる組織で、「はみ出し者の受け入れ先」かつ「行政の手が回らない緊急の事案への対応による治安維持」がこなせるから、ミアレの平和を脅かさない限りは色々と黙認されてるんだろうなと思う。
なので諸々の整備が進んで公的機関がそれらの仕事をこなせるようになれば、サビ組ははみ出し者が集まった危険な集団と見なされて今まで黙認されてたことも黙認されなくなる。
その時流をうまく読み取って軟着陸できるかどうかがサビ組の大きな分岐だろうなと思ってて、うちの時空では需要減に応じて規模を縮小してひっそりとフェードアウトして忘れられていく感じであってほしいので書きました。
ハルが仕事を巻き取ってカラスバに未来のことを考える余裕が生まれた&ボスの立場に縛られすぎないよう適度に毒抜きされてたから規模縮小に踏み切れて、もしハルがいなければ規模縮小ルートに行けるかどうかは運次第……みたいな感じに影響しててほしい。
畳む
#ポケモンZA
ビルとビルの合間から差し込む夕陽が顔にかかる。眼前には雑居ビルが並び、眼下には仕事中と思しきビジネスマンの姿がある。窓の向こうに広がるいつもの景色に目を細め、カラスバはブラインドを下ろした。
窓のない堅牢な屋敷でもなければ、目の前に広場がある大通りの好立地でもない。路地裏の雑居ビルの一室に収まるくらいの小さな組織。かつてのサビ組を知る者が見れば落ちぶれたものだと笑うだろう。
振り向くとそこには二人の人間がいた。右腕と呼ぶに相応しい相棒と、生涯を共にすると決めた伴侶。他に部下はおらず、この三人で組織を運営できていた。
机の上に置いていた一枚の紙を取る。ジプソが受け持っていた仕事の報告書で、机の上に他の書類はない。
「この案件も無事に終了。サビ組の最後の仕事として花丸に植木鉢付けたるわ」
「ありがとうございます。……本当に、これで終わりなのですね」
ジプソの声も表情もあからさまに寂しそうだ。鋼の男が聞いて呆れる。
「これ以上続けてもしゃあない。これでも粘った方やろ」
「最近はほとんど開店休業でしたからねえ。カンコドールも真っ青」
「あったなあ、そんなカフェ」
ハルの方は軽口を叩く余裕がある。この女はいつもこの調子だから当たり前と言えば当たり前だが。
「この後も退去の手続きとか色々あるけど、サビ組はこれでしまいや。オレはもうちょいやることあるから、二人は先に帰り」
名残惜しそうな二人を事務所から追い出し、安価なビジネスチェアに腰掛けた。
路地裏で糊口をしのいだ。フラダリと出会い支援金で商売を始めた。ジプソが率いるチームに目をつけられた。逃げ回っていたらチームのボスの座を譲られた。手下が増えてそれらしい名前が欲しいとなりサビ組を名乗り始めた。
フラダリが自分達を始めとした多くの人達を不用な人間と断じて処分しようとした。
何者かによって事件は収束し、ミアレに激動の時代が訪れた。
野生ポケモンの増加。クエーサー社の介入。悪化する景気と治安。増長する悪党。フラダリの真意は読めないままだが、ミアレが荒れていくのを黙って見ているわけにはいかなかった。
激動の時代に乗って裏社会の一大勢力として成り上がった。事件から五年が経過する頃には、行政の手が届かない社会の暗部で活躍する組織として安定した地位を得ていた。
ミアレが抱える問題を解決するために最強のメガシンカ使いが必要だと聞いてZAロワイヤルに参加した。その過程で面白い女を見つけた。釣り針を引っ掛けてみたら、それが釣り針であると分かった上で食いついてきた。
ハルをサビ組に招き入れた後も、ミアレが抱える問題は山積みで忙しい日々が続いた。しかし法整備が進み治安が改善されるにつれて、徹夜の頻度は減り抗争で怪我をすることもなくなっていった。それに合わせて部下には真っ当な転職先をあてがい、組織は徐々に縮小していった。
そして今、最後の仕事を終えた。
無我夢中で走り続けた人生だった。随分と無茶もしたが、人にも運にも恵まれた。
机の引き出しからクリアファイルを取り出した。退去手続きの指示書き、ポケットマネーの処遇、ジプソとハルそれぞれに充てた手紙。全てに目を通し、内容に問題がないことを確認した。
スーツの内ポケットから一丁の拳銃を抜いた。この鉄の重さを感じるのも、これで最後だ。
かつて抗争で死にかけた時のことを思い出す。ジプソは冷静さを保ちサビ組を守っていたが、ハルは取り乱して使い物にならなかったという。あの時以上につらい思いをさせることに罪悪感はあるが、だからといって自分のような人間がのうのうと生き延びていいはずがない。
ミアレはもうカラスバを必要としていない。
ならば、今が清算の時だ。
銃口を口内に突っ込み、引き金を引いた。
乾いた破裂音が鳴った。
目の前で紙吹雪が舞っていた。安っぽい金銀のテープが頭にかかる。拳銃は沈黙している。
「ほら! やっぱりケジメつけようとしたじゃないですか! 賭けは私の勝ちです!」
「わたくしも同じことに賭けていたのですから勝ちも負けもないでしょう」
どやどやと二人が上がり込んでくる。その手にはクラッカーがあった。
「……おい、オマエら」
「なんですかこれ。店じまいの指示書きと、遺産の取り決めと……ラブレターですよジプソさん! 私宛とジプソさん宛で一通ずつ!」
「ほほう。それは是非とも拝読しなければ」
「アホ! 拝読すな!」
抵抗むなしく手紙は奪い取られた。
「……オレがどうするか、分かっとったんか」
カラスバの問いかけに、ジプソとハルは顔を見合わせてから頷いた。
「当たり前ではないですか。わたくし達とカラスバ様は何年の付き合いになると思っているんですか」
「今回は止められたけど、オレは諦めが悪いってのも分かってんのか?」
「分かってますけど、分からないこともあります」
ハルが禅問答のようなことを言い出した。目を細めて睨みつけると、怯む様子もなく続きを話し始めた。
「カラスバさんのことだから、今まで悪いことをしてきたから命で償おうとするだろうってのは予測できます。
でも、そもそも悪いことをしたから死ぬってのが分かりません。悪い人は生きちゃいけないんですか? それじゃあ私もジプソさんもダメじゃないですか」
「人を騙して殺して傷つけてきた悪党がのうのうと生きるのは間違うてるやろ。それに、ハルもジプソもオレの指示で動いてただけや。因果応報を受ける悪党はオレだけでええ」
「善人がひどい目に遭って死んで悪人が幸せに生きるのが間違ってるって言うなら、この世は昔からずっとずっと間違ってますよ。
善人だろうが悪人だろうが生き死には等しい。因果応報なんて存在しない。何が正しくて何が悪いか、悪いことにどんなリスクや罰があるかなんて、その地に住む人にとって都合のいいエゴに過ぎません。
誰もが等しく持つものを、ミアレのエゴなんかに惑わされて自ら捨てようとしないでください」
ハルは机に片膝を乗せて身を乗り出し、カラスバの胸倉を掴んだ。ジプソは止める様子もなく見守っている。
「どうせなら私のエゴに惑わされてくださいよ」
「オマエのエゴ?」
「カラスバさんは私だけの男です。私の宝物です。私の許可なく死んでしまうなんて、許しません」
胸倉を掴む手は少し震えている。まっすぐな眼差しがカラスバを射抜く。
どこまでも我儘な女だ。ふは、と息を吐いて、カラスバは両手を軽く挙げた。
「降参、降参。昔、ハルの居場所になったるし世界一の幸せ者にしたるって約束したもんな。それ放り投げたらあかんわ」
「分かればよろしい」
「カラスバ様……!」
ハルは胸倉を掴む手を離して柔らかく微笑み、ジプソはおんおんと男泣きし始めた。頼もしい鋼の男が見る影もない。
「あーあ! 誰かさんのせいで死に損ねたしこれからどないしよ! 今更カタギの仕事なんかやりたないしなー!」
「カラスバ様はもう十分働かれましたよ」
「本当に仕事人間ですよねえ。お金はいっぱいあるんですから、残りの人生遊んで暮らしましょうよ」
「遊べって言われてもなあ」
ミアレでできる遊びは大体経験済みだ。遊び放題と言われてもいまいち食指が動かない。
気乗りしないカラスバを見てか、ハルは「じゃあこうしましょう」とどこか得意げに人差し指を立てた。
「ハネムーンに連れて行ってください」
「ハネムーン」
知識はあっても縁がないと思っていた言葉だ。ミアレを守る者として長期間の外出は御法度だったし、ハルもそれを承知の上でサビ組に来てくれた。
だが、ミアレはもうカラスバを必要としていない。カラスバを縛るものは何もない。
「ああ……確かに、そらええわ」
「その後はミアレでのんびり過ごして、たまに遠出とかしちゃって、今までできなかったことを三人で一緒にしましょうよ」
「……わたくしもご一緒してよろしいので?」
「当たり前じゃないですか。あ、もちろんハネムーンはお留守番してもらいますけど」
ヒヨクシティでのんびりリゾート、思い切ってカロス一周旅行、もっと思い切って他の地方に行ってみる。ハルとジプソの間でぽんぽんと旅行の案が出され、とんとん拍子に話が進んでいく。
「カラスバさんはどうでしょう? 普通の旅行がイマイチなら私の故郷で成り上がり治安改善チャレンジもできますよ。あそこ、相変わらずゴミカスみたいですし」
「この歳でもっかい成り上がるとかいらんいらん。普通のやつでオマエらの好きにしたらええ」
ひらひらと手を振ると、ハルとジプソは今後の話に花を咲かせ始めた。
あれだけ沢山の悪事を働いて、裁かれることなく絵に描いたような平和な余生を過ごす。悪党の勝ち逃げで、因果応報など存在しない。
ジプソと激論を交わす女の横顔を見る。欲しいもののためなら法も倫理も利用して、善も悪も平等で、犯した罪に後悔すらしない。清々しいほどまっすぐで美しい顔をしていた。
(オレも悪党やけど、コイツの方がよっぽど悪党やったな)
--------------------------------------------------
サビ組って社会のはみ出し者が集まってカラスバの指揮下で何でも屋をやってる組織で、「はみ出し者の受け入れ先」かつ「行政の手が回らない緊急の事案への対応による治安維持」がこなせるから、ミアレの平和を脅かさない限りは色々と黙認されてるんだろうなと思う。
なので諸々の整備が進んで公的機関がそれらの仕事をこなせるようになれば、サビ組ははみ出し者が集まった危険な集団と見なされて今まで黙認されてたことも黙認されなくなる。
その時流をうまく読み取って軟着陸できるかどうかがサビ組の大きな分岐だろうなと思ってて、うちの時空では需要減に応じて規模を縮小してひっそりとフェードアウトして忘れられていく感じであってほしいので書きました。
ハルが仕事を巻き取ってカラスバに未来のことを考える余裕が生まれた&ボスの立場に縛られすぎないよう適度に毒抜きされてたから規模縮小に踏み切れて、もしハルがいなければ規模縮小ルートに行けるかどうかは運次第……みたいな感じに影響しててほしい。
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#ポケモンZA
サビ組移籍後のSS
「本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」
深々と頭を下げるジプソの姿は、私と彼の立ち位置を示すのに十分なものだった。
全世界に店舗を持つレストラン、ローリングドリーマー。地域の海産物を使った寿司は評判が良く、値段も相応に高い。その高級レストランに私とジプソはいた。
カラスバの姿はない。ジプソが私と二人きりで話したいことがあると希望してのことだ。並の部下なら説得など不可能だろうが、ジプソにかかると「ん、分かった。店教えてくれたら迎えに行ったるわ」と二つ返事だ。
「気にしないでください。カラスバさんに聞かれると困る話なんですよね?」
飲み物の匂いを確認し、口を湿らせる程度に飲む。味に違和感はない。ジプソも同じように飲み、寿司を一貫だけ食べた。
「毒の警戒もお上手になりましたね」
「散々スパルタで鍛えられましたから」
あれは悪夢のような日々だった。隙あらば弱い毒を盛られ、匂いや味で気付けるか、気付けなかったとしても被害を軽くできるか、対処法が身につくまでは生きた心地がしなかった。
しかしサビ組ボスの伴侶という地位を得たからには身につけなければならない技術でもあった。食事の度にカラスバが毒味してくれるわけではないし、そもそもそんな世話を焼かれるのはごめんだ。
「サビ組でのお仕事は慣れてきましたか」
「それなりには。覚えることが多くて大変ですけど、出来ることが増えている実感はありますよ」
仕事をするにあたり、私はサビ組の運営資金の調達係を希望した。
信じ難いことだが、構成員を養いサビ組の威容を保つための資金はカラスバがたった一人で稼ぎ出していた。最大限に効率化しているのだろうが、それにしても激務であることに変わりはない。いろいろな知識を貢がれた私が力を振るうのはここしかなかった。
もちろん一朝一夕で身につく技術ではない。しかし着実にカラスバの仕事を吸収し、最近は簡単な案件を任せてもらえる程度には慣れてきていた。
「……ハル様がカラスバ様の隣に立ち、尽力してくださっていること、深く感謝しております」
ジプソはもう一度深々と頭を下げる。
「わたくしもカラスバ様の片腕として尽力しておりますが、わたくしとカラスバ様は対等ではないのです」
「信頼し合ってる上司と部下に見えますけど……その『上司と部下』を気にしているんですか?」
「わたくしはカラスバ様をボスとして担ぎ上げ、わたくしやわたくしの部下達を預けました。その時から、カラスバ様は仰ぎ見る存在となりました」
しかし、と小さく歯噛みする。
「カラスバ様は毒の人。その立ち振る舞いは多くの人を翻弄し溺れさせますが、カラスバ様自身も溺れてしまう危険性を孕んでいる」
「あ、その話は聞いたことあります。ジプソさんが鋼タイプのポケモンを持つ理由ですよね」
「おや、知っているなら話が早い。その通り、わたくしは鋼の意志で毒に溺れないよう注意していますが、カラスバ様が溺れそうな時に救える立場ではないのです」
ジプソがカラスバの判断に意を唱えた場面は見たことがある。サビ組のためになる判断を冷静に見極めることに関しては誰よりも優れているが、ジプソの言う「救う」はそう言う意味ではないのだろう。寿司を口に運びながら視線で続きを促した。
「わたくしはカラスバ様を『サビ組のボス』として仰ぎ見た。太陽が落ちないよう支えることはできますが、太陽が壊れそうな時は無力なのです」
「太陽が壊れそうな時……」
あいつらのお天道様になるにはオレがもっとがんばらなあかんやろ。
かつてカラスバが放った言葉を思い出す。組織を維持し、ミアレのために汚れ役を買って出る彼が、今以上に頑張ればどうなってしまうのだろう。ハルが気付いた危うさをジプソが気づかないわけがない。
「ですから、ハルさんがサビ組に来る時に『私だけの男になれ』と要求していたのは嬉しかった。この人はカラスバ様をサビ組のボスではなく一人の人間として見て、隣に立とうとしてくれているのだと」
「私利私欲の要求ですけどね」
サビ組に入る時に関係を進めるつもりではあったが、その時に何と言うかは少し悩んだ。
ジプソの言う通り、カラスバのことはサビ組のボスではなく一人の人間として惹かれていたが、彼を支えるといった献身よりも、彼の人生を我が物としたい独占欲が根本にあるのだ。
結局はしおらしい言葉で飾ることなく要求を素直に伝えた。カラスバもハルの人間性はある程度分かっているだろうから、あれでよかったのだと思う。
「私はただ、カラスバさんが欲しくて、大事にしたくて、ここに来ただけですから」
「それでいいんです。あの方はご自分を大事になさらない悪癖がある。あなたがカラスバ様を大事にしてくださるなら、サビ組もカラスバ様も安泰でしょう」
「ふふ。ジプソさんと私で得意なことは違いますけど、大事なものを守るためにお互い頑張りましょうか」
二人で顔を見合わせ、柔らかな微笑みを浮かべて寿司を食べる。食事の時間は和やかに流れていった。
「で、何の話してきたん」
迎えに来たカラスバの問いかけにジプソとハルは顔を見合わせた。
「……カラスバファンクラブの決起集会?」「ですね」
「なんやそれ」
けらけらと笑うカラスバを中央に据えて三人で並び、光の届かない路地裏に入って行く。五感を研ぎ澄ませ、かつてのひりついた精神を呼び戻す。
ミアレの平和を守るための長い夜が、始まった。
畳む
#ポケモンZA
「本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」
深々と頭を下げるジプソの姿は、私と彼の立ち位置を示すのに十分なものだった。
全世界に店舗を持つレストラン、ローリングドリーマー。地域の海産物を使った寿司は評判が良く、値段も相応に高い。その高級レストランに私とジプソはいた。
カラスバの姿はない。ジプソが私と二人きりで話したいことがあると希望してのことだ。並の部下なら説得など不可能だろうが、ジプソにかかると「ん、分かった。店教えてくれたら迎えに行ったるわ」と二つ返事だ。
「気にしないでください。カラスバさんに聞かれると困る話なんですよね?」
飲み物の匂いを確認し、口を湿らせる程度に飲む。味に違和感はない。ジプソも同じように飲み、寿司を一貫だけ食べた。
「毒の警戒もお上手になりましたね」
「散々スパルタで鍛えられましたから」
あれは悪夢のような日々だった。隙あらば弱い毒を盛られ、匂いや味で気付けるか、気付けなかったとしても被害を軽くできるか、対処法が身につくまでは生きた心地がしなかった。
しかしサビ組ボスの伴侶という地位を得たからには身につけなければならない技術でもあった。食事の度にカラスバが毒味してくれるわけではないし、そもそもそんな世話を焼かれるのはごめんだ。
「サビ組でのお仕事は慣れてきましたか」
「それなりには。覚えることが多くて大変ですけど、出来ることが増えている実感はありますよ」
仕事をするにあたり、私はサビ組の運営資金の調達係を希望した。
信じ難いことだが、構成員を養いサビ組の威容を保つための資金はカラスバがたった一人で稼ぎ出していた。最大限に効率化しているのだろうが、それにしても激務であることに変わりはない。いろいろな知識を貢がれた私が力を振るうのはここしかなかった。
もちろん一朝一夕で身につく技術ではない。しかし着実にカラスバの仕事を吸収し、最近は簡単な案件を任せてもらえる程度には慣れてきていた。
「……ハル様がカラスバ様の隣に立ち、尽力してくださっていること、深く感謝しております」
ジプソはもう一度深々と頭を下げる。
「わたくしもカラスバ様の片腕として尽力しておりますが、わたくしとカラスバ様は対等ではないのです」
「信頼し合ってる上司と部下に見えますけど……その『上司と部下』を気にしているんですか?」
「わたくしはカラスバ様をボスとして担ぎ上げ、わたくしやわたくしの部下達を預けました。その時から、カラスバ様は仰ぎ見る存在となりました」
しかし、と小さく歯噛みする。
「カラスバ様は毒の人。その立ち振る舞いは多くの人を翻弄し溺れさせますが、カラスバ様自身も溺れてしまう危険性を孕んでいる」
「あ、その話は聞いたことあります。ジプソさんが鋼タイプのポケモンを持つ理由ですよね」
「おや、知っているなら話が早い。その通り、わたくしは鋼の意志で毒に溺れないよう注意していますが、カラスバ様が溺れそうな時に救える立場ではないのです」
ジプソがカラスバの判断に意を唱えた場面は見たことがある。サビ組のためになる判断を冷静に見極めることに関しては誰よりも優れているが、ジプソの言う「救う」はそう言う意味ではないのだろう。寿司を口に運びながら視線で続きを促した。
「わたくしはカラスバ様を『サビ組のボス』として仰ぎ見た。太陽が落ちないよう支えることはできますが、太陽が壊れそうな時は無力なのです」
「太陽が壊れそうな時……」
あいつらのお天道様になるにはオレがもっとがんばらなあかんやろ。
かつてカラスバが放った言葉を思い出す。組織を維持し、ミアレのために汚れ役を買って出る彼が、今以上に頑張ればどうなってしまうのだろう。ハルが気付いた危うさをジプソが気づかないわけがない。
「ですから、ハルさんがサビ組に来る時に『私だけの男になれ』と要求していたのは嬉しかった。この人はカラスバ様をサビ組のボスではなく一人の人間として見て、隣に立とうとしてくれているのだと」
「私利私欲の要求ですけどね」
サビ組に入る時に関係を進めるつもりではあったが、その時に何と言うかは少し悩んだ。
ジプソの言う通り、カラスバのことはサビ組のボスではなく一人の人間として惹かれていたが、彼を支えるといった献身よりも、彼の人生を我が物としたい独占欲が根本にあるのだ。
結局はしおらしい言葉で飾ることなく要求を素直に伝えた。カラスバもハルの人間性はある程度分かっているだろうから、あれでよかったのだと思う。
「私はただ、カラスバさんが欲しくて、大事にしたくて、ここに来ただけですから」
「それでいいんです。あの方はご自分を大事になさらない悪癖がある。あなたがカラスバ様を大事にしてくださるなら、サビ組もカラスバ様も安泰でしょう」
「ふふ。ジプソさんと私で得意なことは違いますけど、大事なものを守るためにお互い頑張りましょうか」
二人で顔を見合わせ、柔らかな微笑みを浮かべて寿司を食べる。食事の時間は和やかに流れていった。
「で、何の話してきたん」
迎えに来たカラスバの問いかけにジプソとハルは顔を見合わせた。
「……カラスバファンクラブの決起集会?」「ですね」
「なんやそれ」
けらけらと笑うカラスバを中央に据えて三人で並び、光の届かない路地裏に入って行く。五感を研ぎ澄ませ、かつてのひりついた精神を呼び戻す。
ミアレの平和を守るための長い夜が、始まった。
畳む
#ポケモンZA


















