No.261
FF14自機のSS 暁月6.0までのネタバレあり
「今も昔も故郷を見捨てたクズのくせに、英雄だのなんだのチヤホヤされやがって」
冒険者をしていると理不尽な罵倒を受けることはままあるが、幼馴染による面と向かっての罵倒は流石に初めての経験だった。
彼の表情や声音には、悲愴、苦渋、後悔、嫉妬、喪失、色々な感情が刻み込まれているように見える。衣服にはまだらに染みがあり、裾がほつれている。指にはマメができている。角や鱗には細かな傷がたくさんついている。
私はただただ彼の言葉を聞いていた。それが、今の私にできる唯一のことだからだ。
数年ぶりに故郷を訪れたのは、特に深い理由はない。
帝国軍との争い、竜誌戦争、アラミゴとドマの解放、第一世界の冒険、終末の回避。立て続けに起きていた時代のうねりが収まり、暁も表面上は解散してぽっかりと時間が空いて、ならば様子を見に行こうかと思った程度だ。
まずはアジムステップに向かい、チョコボに乗って平原を駆け抜け、山を越える。私の故郷はアジムステップの部族間の勢力争いに疲弊した者が拓いたとされるが、真偽は定かではない。エーテライトが設置されていない、する必要もないほどの田舎であることは確かだった。
そうして久しぶりに訪れた故郷は、生命の気配が失われていた。家屋は倒壊し、地面にはおびただしい量の血痕があり、それでいて吹く風には血肉のにおいはなく乾いていた。貴金属の類は残されていなかったが、住人と野盗のどちらの仕業なのかは分からない。
幸いにも隣村は無事だった。村人に話を聞いてみると、どうやら私の故郷は終末現象に見舞われて一夜にして壊滅したらしく、数人の生き残りがこの村に逃れてきて移住したのだという。私があの村の出身であることを明かすと、生き残りの一人を連れてきてくれて、それが件の幼馴染だった。
彼は私より少しだけ年上の隣家の子供で、幼年期特有の有り余ったエネルギーを一緒に発散していた。風邪を引いた時は見舞いに来て、お気に入りのおもちゃを譲ってくれて、叱られて家を飛び出した時は落ち着くまで傍にいてくれた。心優しい兄のような存在であったと思う。
私が大きくなって出来ることが増えてくると、彼はだんだんと距離を置くようになった。彼が得意げに教えてくれたことをすぐに習得してあっという間に追い越して、やれ天才だともてはやす村人達の影に紛れるようになって、私がどれだけ叱責されていても傍にいてくれることはなくなった。
「行かないでくれ」
村を抜け出す時は、そう言って引き留めようとしてきた。視線は泳ぎ、頬は赤く、声も尻尾も震えていた。私に向かって手を伸ばしてきたが、私はその手を振り払って村を出た。彼が私にどんな感情を抱いていたのかは知る由もないが、私にとって彼は疎遠になった幼馴染以外の何者でもなかった。
その幼馴染は今、あの時よりもずいぶんとボロボロになって、お前が諸悪の根源だと言わんばかりに私を罵倒している。
身近な人が空っぽの怪物と化したこと、身近な人が空っぽの怪物に襲われたこと、故郷を捨てたこと、慣れない場所で身を粉にして働くしかないこと、色々なことが積もり積もって生まれた感情はいかなるものか、私にはわからない。
それでも、私に対して感情を溢れさせている人がいるならば、感情の奔流が落ち着くまでは傍にいた方がいい。そういうことくらいは学んでいた。
幼馴染は私をひとしきり罵倒し、泣きじゃくり、生き残ってしまった恐怖と絶望と悔恨を語り、最後には小さな声で謝罪を述べて仕事へと戻って行った。やはり彼が何を思っているのかよく分からないが、いくらか落ち着いたようならまあこれで良かったのだろう。
私は鞄に入れっぱなしだった布と薬草で新しい服と軟膏をこしらえて、通りがかった村人にこれを幼馴染に渡すよう託して村を後にした。
同情や謝罪ではない。ただ私が「そうした方がよい」と感じたからそうしただけのことで、なんだかんだで世界を救った時と何ら変わりのない、ごく普通のことだった。
山を越えてアジムステップに戻ってくると、エスティニアンがナマズオを捕まえて丸焼きにしようとしていた。何をしておられるのですかエスティニアン殿と声を掛けると、彼は渋い顔をしつつもナマズオをあっさり解放した。
「その『エスティニアン殿』呼びと妙な喋りはいつまで続けるんだ」
もはやこれで馴染んでしまったので、エスティニアン殿においては諦めていただくしかございませんな。
ナマズオ調理法はシリナが開拓してくれるだろうということで、再会の市に向かいボーズを買った。小高い丘の上で食べると涼しい風が吹いて心地よい。初めて出会った時のヒエンがここにいたのも納得する。
エスティニアンは次の仕事先がまだ受け入れ準備中で、暇だから東方までぶらりとやって来たらしい。東方に来たのも、リムサ・ロミンサに行ってみたら次の船がクガネ行きだったからという実に適当なものだった。まあ、私も人のことは言えないが。
「相棒は? 何か用事があったのか」
ボーズを食べながら、つい先ほどあったことを話した。戦後の復興支援の中でよくある話だが、エスティニアンは何故かボーズも食べずに顔を曇らせていた。
「相棒も故郷を失ったのか」
その言葉で思い至る。原因は違えど、エスティニアンも故郷を失っていた。彼は故郷を滅ぼした竜への復讐のために竜騎士となった。彼にとって故郷とはそうするに足るものなのだろうが、私にとってはそうではない。
そのことを説明すると、エスティニアンはなんとも複雑な顔をして「そうか」と呟いた。
「強いな」
エスティニアンの言葉に今度は私が複雑な顔をした。
幼い頃から私の心は冷えていた。人の表情や仕草から感情を読み取ることはできないし、誰かが傷ついたり死んだりしても悲しくは思えど泣きわめくことはない。誰かの死に涙をこぼしたのは一度だけだと思う。
困っている人の背を押すのが好きだけど、困っている人に感情移入はしないし必要以上に関わらない。血も涙もないやつが中途半端に関わろうとするなとなじられたこともあった。それは本当にそうだなと思ったので、その人にはそれ以上関わらなかった。
さしたる強い信念もないのに、暁に在籍していくつもの戦争と死を乗り越えたのはこの気質のお陰だが、これは「強い」とは言えないだろう。色々な感情を乗り越えて竜と和解したエスティニアンの方がよっぽど強い。
そういうことを言うと、エスティニアンはやはり複雑な顔をしていた。自前のボーズは食べ終えて手持無沙汰になって、眼下に広がる市場の喧騒を見るともなく見た。
「お前は確かに人より鈍いが、完全に冷え切っているわけではないだろう」
ややあってエスティニアンは口を開き、私が背負っているもの――フォルタン家の紋章が描かれた盾を指差した。
「群れるよりも孤独を好み、誰かを守ることなんてまるで向いていないやつが、その盾を背負って世界の果てまで行って絶望に打ち勝ってみせたんだ」
まるで向いていないとは失礼な。事実ではあるが。私がむっとしたのに気づいたのか、エスティニアンは怒るな怒るなと笑う。
「お前の心には、熱も、強さも、確かにあるだろうよ」
そういうものなのだろうか。いまいちピンと来なくて首を傾げていると、エスティニアンは自分のボーズを半分に割って渡してきた。
私を励まそうとしているのかただ自分の考えを言っているだけなのか、ナマズオを調理しようとするくらい飢えてたのに何故ボーズを半分寄越してきたのか、少し冷めているのになぜ最初のボーズより美味しい気がするのか、何もかもよく分からない。
きっと私は生涯この調子なのだろう。少し寂しくもあるが、隣に座る人の横顔と眼下に広がる平和な風景を見ていると、まあそれでいいかと思えた。
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「今も昔も故郷を見捨てたクズのくせに、英雄だのなんだのチヤホヤされやがって」
冒険者をしていると理不尽な罵倒を受けることはままあるが、幼馴染による面と向かっての罵倒は流石に初めての経験だった。
彼の表情や声音には、悲愴、苦渋、後悔、嫉妬、喪失、色々な感情が刻み込まれているように見える。衣服にはまだらに染みがあり、裾がほつれている。指にはマメができている。角や鱗には細かな傷がたくさんついている。
私はただただ彼の言葉を聞いていた。それが、今の私にできる唯一のことだからだ。
数年ぶりに故郷を訪れたのは、特に深い理由はない。
帝国軍との争い、竜誌戦争、アラミゴとドマの解放、第一世界の冒険、終末の回避。立て続けに起きていた時代のうねりが収まり、暁も表面上は解散してぽっかりと時間が空いて、ならば様子を見に行こうかと思った程度だ。
まずはアジムステップに向かい、チョコボに乗って平原を駆け抜け、山を越える。私の故郷はアジムステップの部族間の勢力争いに疲弊した者が拓いたとされるが、真偽は定かではない。エーテライトが設置されていない、する必要もないほどの田舎であることは確かだった。
そうして久しぶりに訪れた故郷は、生命の気配が失われていた。家屋は倒壊し、地面にはおびただしい量の血痕があり、それでいて吹く風には血肉のにおいはなく乾いていた。貴金属の類は残されていなかったが、住人と野盗のどちらの仕業なのかは分からない。
幸いにも隣村は無事だった。村人に話を聞いてみると、どうやら私の故郷は終末現象に見舞われて一夜にして壊滅したらしく、数人の生き残りがこの村に逃れてきて移住したのだという。私があの村の出身であることを明かすと、生き残りの一人を連れてきてくれて、それが件の幼馴染だった。
彼は私より少しだけ年上の隣家の子供で、幼年期特有の有り余ったエネルギーを一緒に発散していた。風邪を引いた時は見舞いに来て、お気に入りのおもちゃを譲ってくれて、叱られて家を飛び出した時は落ち着くまで傍にいてくれた。心優しい兄のような存在であったと思う。
私が大きくなって出来ることが増えてくると、彼はだんだんと距離を置くようになった。彼が得意げに教えてくれたことをすぐに習得してあっという間に追い越して、やれ天才だともてはやす村人達の影に紛れるようになって、私がどれだけ叱責されていても傍にいてくれることはなくなった。
「行かないでくれ」
村を抜け出す時は、そう言って引き留めようとしてきた。視線は泳ぎ、頬は赤く、声も尻尾も震えていた。私に向かって手を伸ばしてきたが、私はその手を振り払って村を出た。彼が私にどんな感情を抱いていたのかは知る由もないが、私にとって彼は疎遠になった幼馴染以外の何者でもなかった。
その幼馴染は今、あの時よりもずいぶんとボロボロになって、お前が諸悪の根源だと言わんばかりに私を罵倒している。
身近な人が空っぽの怪物と化したこと、身近な人が空っぽの怪物に襲われたこと、故郷を捨てたこと、慣れない場所で身を粉にして働くしかないこと、色々なことが積もり積もって生まれた感情はいかなるものか、私にはわからない。
それでも、私に対して感情を溢れさせている人がいるならば、感情の奔流が落ち着くまでは傍にいた方がいい。そういうことくらいは学んでいた。
幼馴染は私をひとしきり罵倒し、泣きじゃくり、生き残ってしまった恐怖と絶望と悔恨を語り、最後には小さな声で謝罪を述べて仕事へと戻って行った。やはり彼が何を思っているのかよく分からないが、いくらか落ち着いたようならまあこれで良かったのだろう。
私は鞄に入れっぱなしだった布と薬草で新しい服と軟膏をこしらえて、通りがかった村人にこれを幼馴染に渡すよう託して村を後にした。
同情や謝罪ではない。ただ私が「そうした方がよい」と感じたからそうしただけのことで、なんだかんだで世界を救った時と何ら変わりのない、ごく普通のことだった。
山を越えてアジムステップに戻ってくると、エスティニアンがナマズオを捕まえて丸焼きにしようとしていた。何をしておられるのですかエスティニアン殿と声を掛けると、彼は渋い顔をしつつもナマズオをあっさり解放した。
「その『エスティニアン殿』呼びと妙な喋りはいつまで続けるんだ」
もはやこれで馴染んでしまったので、エスティニアン殿においては諦めていただくしかございませんな。
ナマズオ調理法はシリナが開拓してくれるだろうということで、再会の市に向かいボーズを買った。小高い丘の上で食べると涼しい風が吹いて心地よい。初めて出会った時のヒエンがここにいたのも納得する。
エスティニアンは次の仕事先がまだ受け入れ準備中で、暇だから東方までぶらりとやって来たらしい。東方に来たのも、リムサ・ロミンサに行ってみたら次の船がクガネ行きだったからという実に適当なものだった。まあ、私も人のことは言えないが。
「相棒は? 何か用事があったのか」
ボーズを食べながら、つい先ほどあったことを話した。戦後の復興支援の中でよくある話だが、エスティニアンは何故かボーズも食べずに顔を曇らせていた。
「相棒も故郷を失ったのか」
その言葉で思い至る。原因は違えど、エスティニアンも故郷を失っていた。彼は故郷を滅ぼした竜への復讐のために竜騎士となった。彼にとって故郷とはそうするに足るものなのだろうが、私にとってはそうではない。
そのことを説明すると、エスティニアンはなんとも複雑な顔をして「そうか」と呟いた。
「強いな」
エスティニアンの言葉に今度は私が複雑な顔をした。
幼い頃から私の心は冷えていた。人の表情や仕草から感情を読み取ることはできないし、誰かが傷ついたり死んだりしても悲しくは思えど泣きわめくことはない。誰かの死に涙をこぼしたのは一度だけだと思う。
困っている人の背を押すのが好きだけど、困っている人に感情移入はしないし必要以上に関わらない。血も涙もないやつが中途半端に関わろうとするなとなじられたこともあった。それは本当にそうだなと思ったので、その人にはそれ以上関わらなかった。
さしたる強い信念もないのに、暁に在籍していくつもの戦争と死を乗り越えたのはこの気質のお陰だが、これは「強い」とは言えないだろう。色々な感情を乗り越えて竜と和解したエスティニアンの方がよっぽど強い。
そういうことを言うと、エスティニアンはやはり複雑な顔をしていた。自前のボーズは食べ終えて手持無沙汰になって、眼下に広がる市場の喧騒を見るともなく見た。
「お前は確かに人より鈍いが、完全に冷え切っているわけではないだろう」
ややあってエスティニアンは口を開き、私が背負っているもの――フォルタン家の紋章が描かれた盾を指差した。
「群れるよりも孤独を好み、誰かを守ることなんてまるで向いていないやつが、その盾を背負って世界の果てまで行って絶望に打ち勝ってみせたんだ」
まるで向いていないとは失礼な。事実ではあるが。私がむっとしたのに気づいたのか、エスティニアンは怒るな怒るなと笑う。
「お前の心には、熱も、強さも、確かにあるだろうよ」
そういうものなのだろうか。いまいちピンと来なくて首を傾げていると、エスティニアンは自分のボーズを半分に割って渡してきた。
私を励まそうとしているのかただ自分の考えを言っているだけなのか、ナマズオを調理しようとするくらい飢えてたのに何故ボーズを半分寄越してきたのか、少し冷めているのになぜ最初のボーズより美味しい気がするのか、何もかもよく分からない。
きっと私は生涯この調子なのだろう。少し寂しくもあるが、隣に座る人の横顔と眼下に広がる平和な風景を見ていると、まあそれでいいかと思えた。
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